私は最終日まで滞在したので、勝ち残った学校とは一緒の便での帰国だった。ラテン系のお洒落で親切なおじさまが席を代わってくれたおかげで、白石くんと隣だ。嬉しい。
なんだかわからないけれど、白石くんと一緒に居たくてしかたない。もっとたくさん話をしたいし、構ってもらえるととても幸せなのだ。
「のん疲れてへんか?」
シートベルトを付けながら、白石くんがちらっと私を見る。白石くんの通路を挟んだ向こう側に、さすがに疲れたのか口を大きく開けて寝ている金ちゃんが見えた。
「なんかたくさんあってへろへろだけど、すっごく楽しかったしあんまり眠くないよ」
「おお、自分タフやなあ」
「いやいや、白石師匠に比べたら私はまだまだ……」
「まだまだ?」
「まだまだだね」
帽子のツバを上げるふりをすると、白石くんが弾けるように笑顔になった。もっと見たい。
窓の外の景色が、ゆっくりと動き出す。これから数時間もしたら、少し違う色の空の下へと戻っているのだ。そうしたら、白石くんたちとも今度こそお別れだ。
白石くんを見る。綺麗な横顔が動いて、墨色の瞳がこちらを向く。
「いよいよイギリスともお別れやなあ」
「うん……」
イギリスから離れて、皆とも、白石くんとも、今度こそ次がいつあるのかわからない。
「すごく寂しい」
大阪は、ちょっと遠い。
肩をそっと揺すられて目が覚めて、訳の分からない内に小さな連続した衝撃があった。着陸準備に入ったみたいだ。
白石くんと途中までずっと話していたのだけれど、どうやら知らない間に眠ってしまったらしい。寝なかったらもっと話せたのに。
少し悲しい気持ちになる。首もちょっと痛い。片側だけ特に痛い。
はっとした。
「もしかして、私ずっと白石くんの肩借りてた?」
「気にせんといてや。役得やったで」
そう言ったきり、突然、白石くんは黙ってしまった。
もしかして、寝ている間に何かしてしまっただろうか。私は小さな悲鳴を上げる心臓を抱えて、白石くんの黙ってしまった瞳を見つめるしかない。
「えーとな」
とても長い空白の後に、白石くんは口を開いてくれた。墨色の綺麗な瞳は斜めに落ちて、こちらを見てくれない。
「……その、思い出してしまったんや。堪忍な」
悲しい気持ちだった私は、白石くんの目元の辺りがうっすら赤いのに気がついた。
「良い匂いしてん。……シャンプーの」
声はどんどん小さくなって、最後は聞こえるか聞こえないかほどの空気の震えだった。
耳の辺りまで、ブワッと熱風に煽られたみたいになった。「よ、よかった!」他人事のような台詞が転がり出る。何がよかったの? 白石くんの言葉はそのままの姿で残って、頭の中で分解されない。目も見れないと思った。
そう思ったはずの私は、瞬きの後にはもう白石くんの澄んだ墨色の瞳を見たくなる。目が合わないのが嫌で、白石くんと呼びかける。
なんとなく、ここで話を全く別のものに変えるのは、何かを逃してしまうような気がした。でも私は白石くんと目が合うと、話したいことが湧き水みたいに溢れてしまうのだ。
白石くんは、ちょっと気恥ずかしげだったけれど、私を見てくれた。黒の目はとても真っ直ぐで柔らかい。そこに映る自分を見て、私は白石くんにずっと言いたかったことを思い出す。
「蔵ノ介って凄く良い名前だよね」
「ほんま? おおきに」
「蔵ノ介って、呼んでもいい?」
「……へ?!」
二拍も三拍も遅れて、白石くんは素っ頓狂な声を上げた。斜め前に座っている外国の方が、何事かとこちらを見た。
身動きが取れない座席の上で、白石くんはできうる限り最大のリアクションで驚いていた。
私はというと、白石くんに「うーん、白石のままでええわ」みたいに言われた瞬間のことを想像して途端に怖くなった。
「だめ……?」
「だめじゃない」
間を置かずに許可が下りた。その後白石くんは頭を抱えた。白石くんは優しいから、条件反射だったのかもしれない。
でも、もう私は決めてしまった。ずっと口にしてみたかった言葉を、大切に唇に乗せる。
「蔵ノ介くん」
長い沈黙のあと、白石くんが聞いたことのない声で答えた。
「……は、はい」
その表情は片手に隠れて見えないけれど、確かに答えてくれた。それだけで、凄く嬉しい。