05夏の味方

「三藤さん! ええところに来てくれたわ」
次に向かった四天宝寺のコートのフェンスを開けるなり、白石くんが駆け寄ってきた。
「白石くんどうしたの?」
頭の痛そうな表情だ。白石くんはため息と一緒に言葉を吐き出した。
「金ちゃんがおらんねん……」
「金ちゃん……えーと、遠山くん?」
確かに、コートにあの印象的なヒョウ柄のシャツ姿は見当たらない。金太郎はーん、とベンチの下を覗き込む金色くんを、居ってたまるかい! と一氏くんがどついている。
ということはつまり、本日二人目の迷子だ。
私はまだちゃんと合宿所の内部を把握しきっていないけれど、白石くんや四天宝寺の皆が探しに行くのはミイラ取りがミイラになってしまいそうだ。それに時間だって、どのくらいかかるかわからない。
「任せて! 探してくる」
「ホンマにありがとう」
申し訳なさそうな表情で、白石くんはパンっと両手を合わせた。会った時からずっと気になっている左手の包帯につい目が行ってしまう。
何はともあれ、引き受けたからには絶対に見つけ出してみせる。私はぐっと両手を握った。

迷子を引き寄せる呪いでも掛かっているのか、遠山くんも倉庫の前にいた。思ったよりもすぐに見つかってほっとする。
「遠山くーん」
しかし、試練はここからだったのだ。
キョロキョロと辺りを見回していた遠山くんは、私を見るなり駆け寄ってきた。そして言ったのだ。
「ねーちゃん、青学のコートってどっち行ったらええのん?」
その大きな瞳は、無数の星を抱えたみたいに眩しく輝いていた。どんなに大粒のダイヤだって、恥じて身を隠すくらいの輝きだ。ぐんと背伸びして私の目を覗き込む遠山くんに、ふっと白石くんの声が蘇る。
強い奴見つけるとすぐ試合やりたい言うて駄々こねる。間違いようがない。遠山くんのことだ。
「遠山くん、青学の誰かと試合したいの?」
「せやねん!」
遠山くんの内側から迸る喜びはまるで目に見えるかのようだった。押されるように、遠山くんは拳を天高く突き上げる。
「ワイ、コシマエと試合やりたいねん!」
コシマエ? 一瞬わからなかった。越前くんのことだ。
全国大会の準決勝、青学と四天宝寺の試合は、見ることができなかったけれど対戦カードは知っている。遠山くんはS1で越前くんと対戦する予定だったけれど、その前に1-3で四天宝寺が敗れてしまって試合できなかったはずだ。
遠山くんがどれほど越前くんとの試合を待ち望んでいるか語っているのは、言葉だけではなかった。煌めく眼も震える拳も、小さい体の全てが叫んでいた。
ずっと戦いたかった相手が目の前に居て、公式試合のような対戦の決まった順番もない。遠山くんにしてみれば、試合できない方がおかしいと感じるくらいだと思う。
確かにルールはないし、遠山くんに思い切り試合してほしいところだけれど、そうしたらそうしたでちょっと違うような気もする。健太郎なら眉をしかめると思うのだ。しかし、その感覚をうまく言葉にできない。
どうしたら、唇の辺りでうずくまるこのもやもやを取り払って、その上で、眩く煌めく西の新星の光を遮らずに目的の場所へ届けられるだろう。
なあなあ、コート知らへんのー? 遠山くんの声が私の腕を掴んで揺さぶる。木のように揺らされて、私はやっと案を一つぽろっと落とした。
「夜だ! 遠山くん、それは夜やろう!」
「夜ぅ?」
「そう!」
私は頷いた。
片付けを含めた練習終了後はすぐに夕食だけれど、その後は結構時間に余裕がある。その自由時間には、勿論コートを使っても良い。ここにはテニス大好き人間が勢揃いしているけれど、コートもたくさんあるからきっとやれるはずだ。
「今すぐはアカンの?」
「ダメなのです! 今は学校毎に練習って決められた時間だからね」
皆が好き勝手に好きな相手と試合を始めてしまったら、偏りも出てくるだろうしもう無法地帯だ。
豪華メンバーが揃う合同合宿だからこそ、きっとこういうところを守った方がその恩恵をたくさん受けられると思う。
そうだよね、と健太郎に尋ねたくなったけれど、ここに彼はいない。
私がそう思った。それを貫くしかない。
うーん、と遠山くんはその大きな瞳をくるりと斜め上の空へ動かした。
「……ワイ、今すぐやりたい」
ぽつりと呟いて、遠山くんはぶんぶんと首を振った。勢いよく顔を上げた遠山くんの、どこまでも透き通った双眸が私を映した。
「わかったで! 夜になったらコシマエと勝負やー!」
遠山くんは、両手を空へ一杯に伸ばして叫んだ。私も思わず、拳をおー! と突き上げた。

驚くべきことなのか当然のことなのか、初日は迷子がたくさんいた。私は殆ど駆け回る迷子発見器だった。練習の途中でいなくなったという芥川くんが合宿所の給水タンクの陰で気持ちよさそうに寝ているのを見つけて、樺地くんに引き取ってもらったのが最後だ。すっかり空は朱色に染まって、少し墨が混ざり初めていた。
へろへろになった私は、やっぱり山吹のコートに向かってしまう。ベンチに倒れ込んだ私を見て、コートからドリンクを取りに来たキヨが笑った。
「お疲れ。飲む?」
「うーあーりがとー」
よく冷えた、ちょっと塩味を感じるあの独特の味が堪らなく美味しい。ちょっと脱水気味かもしれない。自分のものをちゃんと取ってこよう。
「五分だけ……五分したら片付けに行く……」
「無理して倒れないでくれよー?」
キヨがタオルまで頭に乗せてくれた。目元まで隠れて、うっかり眠ってしまいそうだ。
タオルの繊維越しに、夕焼けの空を見上げる。
「それは大丈夫。楽しくて仕方ないから!」
何ソレ、とキヨの吹き出す気配がした。
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