あの日の様子は、いつもと違い珍しく嫌味を言わず来たというのに黙りを決め込み静かだった。

なんのために来たのだ。何もしないならさっさと帰れ。
アンニュイな顔の女は、性格を知らなければまぁ、普通の淑やかな姫君のように思えた。

「…ねえ、あなた、陰陽師なんでしょう」

だからなんだ。何が目的だ。
静かに彼女はこちらを見つめ悲しげな顔でこちらを見つめこう言った。

「助けてよ。わたし、帰りたくないわ」

この女の初めての頼みだった。

4 龍の頸の玉

何故僕はこの女と共に月夜の中歩いているのだろう。
嫌々折角の貴重な時間を潰してまで、コイツに付き合う必要があるのか。

「覚えてるのかしら、あの日、私がお願いした事」
「…そこは記憶があるんだ」
「ええ。大きな出来事は、少しね」

認めた。記憶があまり引き継げてないという事をコイツはさらっと認めた。
河川敷から連れ出す為に繋いだこの手はずっとこのままだった。
さっさと離して欲しい。その部分から腐食して、穢れそうだ。

「この手を離してくれないかな。なぜ嫌っている人間と触れなければならないんだ」
「なら、振り払えばいいじゃない」
「……」

確かにそうだ。なぜ今まで振り払わなかったのだろう。
強く手を振り払うとコイツは「そう乱暴に払わなくても良いのではなくて?」とケロッとした様子でこちらに横目で抗議した。

月明かりは、僕達を照らす。
あぁなるほど。こいつ、満月とかになると色々と思い出して気分が萎えてるな。
こいつはいい。ずうっと毎日月がまるくなれば、コイツは少しは静かになるだろうか。
それでついでに、もう二度と顔を合わせないようにしてほしいな。

「あなた、私が消えたら嬉しいかしら?」
「あぁ、嬉しくて三日三晩宴を開くほどにね」
「…でもあの時、助けてくれたじゃない」

あの時。
これは覚えているのか。
あれはたまたま僕の気紛れでしただけだ。決して助けるつもりはなかった。

今日と同じ、満月の晩。この女は遂に月に帰る事となった時。
僕は気紛れで使者を退けた。本当に気紛れだ。なんの気持ちもない。特別な意味などない。

まただ。またこの言葉に表し難い感情がよく分からない所から湧き出る。
こいつと居るといつもそうだ。最近はそれが酷くなっている。これが真の嫌悪という気待ちなのだろうか。

そんな複雑な心境と葛藤しているとはつゆ知らず、コイツはくるりと身を翻し眉唾くさい微笑と共にこちらへ向き合う。

「あの時は、嬉しかったわ。こればっかりは本当。いつも馬鹿にしてるけど、ちょっかいをかけてるけど、それは私がアナタに関心があるからよ」

振り払った手をもう一度取り、優しく握るアイツは、別人のようだった。
すり変わってるのか?僕の心境と同じ、何かこいつもおかしな方向で変化している。

あの鬱陶しい、文句ばかり言う竹取の娘はここにはいない。

目の前にいるのは、よく分からない、僕の日常を乱す嫌な女だった。
prev もどる next