何故ならば、僕の足元で力無くひゅうひゅうと喘鳴しもうすぐそこまで忍び寄る死を、こいつは望んだ。
蓬莱の薬を飲み、誰もが羨む悠久の時を過ごせる身体を、この女はなんということか自らの意思で解毒のような事をし、「人としての死」を選択した。
なんて馬鹿な奴なんだろう。
どうせこの馬鹿の考えることだ。育てた嫗と翁にでも情が湧き人として生きる楽しみを見つけてしまったんだろう。あぁ、哀れだ。
いつもの傲岸不遜な態度を取る力もないようで、苦しそうにこちらを見上げる。
コイツの最期を看取るのが、僕か。余りにも浅ましくて、今までの積もり積もった恨み言をかける言葉すら出ない。
「ねぇ、あなた」
「苦しいのなら黙って死ねばいいと思うんだけど」
「やあよ…最後くらい……わたし、寂しくて、どうにかなりそうだわ」
何が寂しいだ。自分で死を選んだくせに。贅沢者。
しかしこれでこいつとはおさらばだ。二度と会わん。
そう思うとなんだかとても機嫌が良い。「最後くらい」ならコイツのムカつく事すら許せそうだ。
「あなたは、さみしくないの」
「お前の顔をもう二度と再び見ないと思うと嬉しく思うなぁ」
「……最後まで、そればっかり…嫌な人だわ」
嫌な人はお前だよ。お前がしてる事を鏡のように返してるだけだろ。
そう言うとこの女は何を思ったのか、息も絶え絶えで無様にずるずるとこちらの方へ這ってきた。
「お願い、抱き上げて」
彼女の2度目の願い。僕は何故か、何も言わず大きく腕を広げるコイツの言葉の通り、静かに女を抱き上げた。嗅いだ香の匂いは今でも覚えているが、アイツが最期に言った言葉は、どうも思い出せない。
アイツは、何を言ったんだっけ。
5 蓬莱の玉の枝
平日の白昼、特に何もすること無く静かに陽を浴び河原に座っていたらまたアイツが来た。
この女、まだ学校じゃないのか。と言うか来るな。
「帰れ」
「あらやだ。顔も見ずにそんな事言うなんて失礼だわ」
「いつもそうしてただろ」
「……ふーん」
あの頃の記憶は朧げな不可思議女は、思い出そうとしているのか顔に指を添え明後日の方を見る。
本当に、大きな出来事しか覚えてないんだな。
詳しくは振り返りたくもないが人は自身の意志とは異なり、ふつふつとコイツにされた「嫌な事」を思い出してしまう。
ちょっかいを掛けたと思えば、次の日には静かに何をすることも無く側でうろちょろと動き回ったり(それはそれで鬱陶しいから嫌がらせか)、変に媚びてきたり。
そんなことをコイツは覚えていないと。ふーん。なんだかそう思うと変な気持ちになる。
他人の心理には聡い僕だが、僕自身の心境は特に関心がなかったもんでこの感情に当てはまる言葉が分からない。
「本当、最近あなたおかしいわよ。どうしちゃったのかしら。風邪??」
「……はっ?」
僕の拒否の言葉は彼女には届かなかったみたいで、平然と隣に座り、様子を伺ったかと思えば突如額を合わせた。
人は突然の事すぎると反射で飛び上がるらしい。が、この女は「動かない」とか言って肩を強く掴む。
「離してくれないか」
「…………ぷっ、なんて面白いのかしら。もーっと変な顔になったわ」
そんなに変な表情だったのか、間近に近づいた女はそれはそれは愉快そうに笑う。
やめろ、そんな顔をするな。これ以上表すことの出来ない違和感のある気持を増幅させないでくれ。
「お前への嫌悪でこうなってるんだ。いい加減分かってほしいな!」
「……?あなた、嫌悪を感じると頬を赤くするの?」
不思議そうに額を離し僕の顔を見つめるコイツの言葉が一瞬、何を言っているのか分からず何度か反芻する。
自分の頬を恐る恐ると手を当てると、指先までも熱くなってるのかよく分からなかった。
僕の行動がまたもや面白かったのか、意気揚々とした様子でニヤつき出す。何笑ってるんだよ、死ね。
「ほほほ、あなた……可愛い所もあるのね。昔もこうしてからかってたのかしら、私」
「……五月蝿い。黙れ!!帰れ!!」
「ふぅん。じゃあ今日はお暇するわ…あぁ、そうだ」
怒る僕の荒らげる言葉は全然効果がないらしい。
ひょうひょうとした所作で踵を返すアイツは何かを言いそびれたらしくこちらに見返る。
「私は既にこの気持ちに当てはまる言葉を分かったわ。葉王、あなた鈍感すぎよ。おばかさん」
人差し指を口元ににやり、妖しげな笑いで見遣る女を僕は呆然と見つめるしかなかった。