サンダルウッドの情念
11.巻尺と注文書


次の日の放課後、最後の1試合を消化して結果全勝でレギュラー入りが決定。校内ランキング戦は幕を閉じた。

「越前くんいますか?」

部室で着替えているとノックの音がして名前の声が扉の向こうから聞こえた。

「いるけど。なんスか?」
「ばっかおチビ、こんなとこ女の子に入らせるわけにいかないだろ!」
「そーだよ野郎が着替えてんだからよぉ、お前が行くんだよ!」
「ああ、そうか。」

菊丸先輩と桃先輩に頭を叩かれて部室を摘み出された。乱暴だなあ。ていうか俺まだ服着れてないんだけど。
ワイシャツのボタンを上まで締めつつ名前に向き合うと一枚の紙を差し出された。

「何これ?」
「レギュラージャージの注文書。サイズ教えて。」
「わかった。…あ、でも。」
「?」

名前は目を丸くして次の言葉を待っている。そういえば聞いたことある。服のサイズって確か……

「それいつまでに必要?」
「本当は今日出したかったけど、明日の朝でもいいよ。」
「…じゃあ帰ったら俺の部屋きて。そしたら多分わかるから。」
「?うん。わかった。」






その夜、自室に現れた名前は巻き尺とサイズ表を両手に、俺の私服のジャージを眺めて首を捻った。

「ほんとだね。アメリカのXSってこんなに大きいんだ。」

アメリカと日本では服のサイズ展開が違うと聞いたことがある。まだこちらに来てからゆっくりと買い物に行けていないので自分が日本でいうところのどのサイズに属するのかが分からなかったのだ。

普段よく着る赤いジャージに名前が巻き尺を当てて唸り声を上げた。

「…マネージャーって大変だね。」
「そうかな。でも難しいことやってるわけじゃないから。」
「そう?」
「うん。」

サイズ表の隅に書かれた略図に数字が記入されていくのをベッドに腰掛けて眺めた。
床で作業をしているものだから前屈みになるたびその服の内側が見えてしまいそうでハラハラする。名前は相変わらずうーん、と唸っているがこちらとしてもうーんといった感じだ。まったくもって危なっかしい。

「私さあ、マネージャー始めたのって去年の途中からなんだよね。」
「?」

こちらの邪な感情つゆ知らず、名前は唐突にぼんやりと話し始めた。ぼんやり。口調こそぼんやりしていたがまるい瞳がゆらりと波打つのが見えた。

「最初はお寺のお手伝いをちゃんとしなきゃって思っていたから部活は始めないつもりだったの。でも昔からテニスを見るのが好きで。たまたま通りかかって男テニの練習みていたら今の3年生たちが声をかけてくれたんだ。」
「…」
「最初は菊丸先輩が冗談で言ってくれたことが、でもどんどん話が大きくなっていって、それで気付いたら入部してた。」


ラケットを握らなくても、テニスが好きならお前は俺たちの仲間だ。一緒に戦おう。


「だから私、絶対に、今の3年生たちと全国に行きたいの。」

「…そっか。いいんじゃない。」
「ここ何日か色々考えたんだ。」

測定が済んだのか、巻き尺をしゅるりと巻き取ると名前は小さく息を吐いた。

「大事なのは私が何をするかじゃなくて青学テニス部が勝てるかどうか。」
「!」
「そんな簡単なことも忘れちゃってた。」

真っ直ぐな目。安心する。名前の柔らかい声もそう。名前の思い。したたかで、ひたむきな、名前の思いが。肌をひりつかせて心地良い。

「…ふう、話したらスッキリした。聞いてくれてありがとう。」
「別に何も。」
「ジャージも見せてくれてありがとう。戻していいかな?」
「あー俺するからいいよ、貸して。」

手を伸ばしたがが名前には聞こえていなかったようでジャージをハンガーにかけ直すとクローゼットと睨めっこを始める。

「あれ、リョーマ、これどこに閉まってあったっけ?」
「ここ。」
「わ、」

見兼ねて後ろに立ち、ハンガーを握る名前の右手ごと掴んで適当な場所に差し込んだ。カチリ。フックがバーに掛かった音がした。元気出たみたいだしこれくらい許されるかな、なんて。
こちらを振り返った顔のあまりの近さに、自分でやったくせに驚いて。せっかく重ねた右手を放してしまった。



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