サンダルウッドの情念
14.鼓動に色付く



大石副部長、菊丸先輩のゴールデンコンビ、海堂先輩が勝ち星をあげるとやっと出番が回ってきた。
ここを勝てば、地区大会優勝が決まる。
大事なシングルス2に1年持ってきたのかよ、などとギャラリーが騒めく。こういうのを黙らせるのが楽しいんだよね。ラケットを右手に握りしめる。顧問のおばさんが発破をかけた。
「さあ、奴らのド肝を抜いてやれ!!」




ツイストサーブも好調に決まり、試合の流れを引き寄せる。
サーブ権が向こうへ移り、こちらのコートに飛んできたのはキックサーブとかいうツイストのような逆回転のサーブ。
ボソボソとぼやく根の暗い相手は不審そうにこちらを見てくるので、見せつけるようにラケットを利き手の左に持ち変えた。心底嫌そうな顔をされた、いつもこの瞬間が好きだ。
向こうが得意げに打つキックサーブもなんてことない。リターンを打ってネットに出る。

「悪いけど全国まで負ける気しないんで。」
全国でも負けないけど。



攻めきれずにいる相手を勢いで押した。ゲームカウント4-0
次第にラリーを続けると一瞬、腕に違和感が走った。トップスピン、スライス、またトップスピン。それを繰り返す。なんでもないように見えるラリー。バッグハンドでボレーを狙いに行ったときにまた腕が…

「にゃろう!」

どういうことかうまくラケットが握れない。力の入らない左手を補って右手でフレームを捕まえ体ごと回転をかける。勢いそのまま打ちに行く。が、
手からラケットがすっぽ抜ける感覚に背筋が冷えた


支柱に当たって割れたラケットの破片が目の前に…スローモーションのように見えた


「リョーマ !!」


刹那、名前の声が聞こえた。





落ちた帽子を拾おうとしたとき、左目が焼けるように熱いことにようやく気付いた。
先輩たちが血相を変えてコートに入ってきて、手を引かれるままベンチに座らされる。
いつの間にか戻ってきたらしい名前は救急箱を素早く開いた。顔を上げると河村先輩もいる。そうか、病院から戻ってきたのか。

大石副部長は傷口を観察すると青い顔で息を飲んだ。

「だめだ、血が止まらない。眼球は大丈夫そうだけどまぶたの肉がパックリえぐられている。」

口々に痛そうとか、あと少しで決められたのにとか、好き勝手飛び交う野次馬の声がうるさい。
先輩たちもみんな終わったような顔をしてる。
なんで。止めないでよ。どうしてみんなそんな顔するんだよ。


「桃、ラケットをお願い。」


ドクン、と一層強く心臓が鳴った。

右目だけで声の方を見上げると、血塗れのガーゼを握り締めてしている名前が、強くコートを見つめていた。


この場にいる誰よりも。
名前と俺だけがこの試合を諦めていない。


「おい名字!」
「…おう。越前、壊れちまったラケット、バッグに入れとくぜ。」
「…。サンキュ 名前。」
「うん。」
「桃先輩、ついでにかわりのラケット一本出しておいてください。」
「あいよ。」
「無茶だその傷で!」

口々に飛んでくる制止はもう耳には入らない。審判も割って入ってきたが関係ない。
だくだくと首まで伝う血をジャージの袖で拭った。

「やるよ。」


顧問のおばさんは呆れた顔をしていたが止血をしてくれ、桃先輩は替えのラケットを用意してくれた。

「血が止まれば試合してもいいんだよね?」

コートに戻ろうとすると大石副部長に道を塞がれた。物言いたげにこちらを見る。優しい人だ。でも俺やるって決めちゃったんで。
横目に見れば手塚部長もこちらへやってきて相変わらずの仏頂面で言った。

「10分だ。10分で決着がつかなければ棄権させるぞ。いいな。」
「充分!」
「リョーマ、忘れ物。」

ふわ。

フリスビーのように帽子が宙を舞う。ラケットの面に当てて受け取り、深く被った。

「ん。行ってきます。」
「いってらっしゃい。」


目は強く、口元は弧を描いた。
ああ、一緒に闘っている。


左目の痛みが消えた。








「遠近感、大丈夫そうですね。」
「名字…お前だけは止めてくれよ。」
「越前余計に熱くなっちゃったね。」
「ていうかお前ら呼び方さあ、」
「え、あ、いやそんなことよりも!ほら、始まりますよ。」





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