サンダルウッドの情念
15.わさび怖い




「リョーマ、行くよ!」
「どこに…」
「病院以外どこがあるの?」
「…ですよね。」

左まぶたを切るというアクシデントはあったがなんとか勝負を制し、青学は地区大会優勝に輝いた。表彰式が終わって制服に着替えると、同じく着替えを済ませた名前に突然手を引かれた。


「先生、お願いします。」
「はいよ。乗りな二人とも。」

顧問のおばさんの車で病院に連れて行かれた。歩けるのに、と不満をこぼせば「怪我人は黙っとれ!」と怒鳴られた。ちぇ。




診察を終えるとまたおばさんに車に乗るように言われた。家まで送ってくれるらしい。
一つ目の信号待ちでおばさんは深くため息をついた。

「しかし名前よ。お前は選手が無理をしないよう止めてやらないといけない立場だぞ。」
「すみません。絶対痛いはずなのにあんな顔されたらつい…。それに無茶をするなと言われるほどに無茶をしてしまいそうな勢いでしたから…」
「それ貶してんの?」
「なに。止めてもよかったの?」

首を傾げて名前は笑った。敵わないなあとぼんやり考えた。


「お前たちは父親そっくりだな。」
「え?」
「お前たちの父親を知ってるよ。二人とも私の教え子だった。」

突然おばさんがそう言った。
俺と名前は思わず目を見配せた。

「まあ仲がいいというより悪友って感じだったね。南次郎がどんなに勝手なことをしても名前の父親はいつだって腹抱えて笑ってたよ。」
「…」
「名前、親父さんの体調はどうだ?」
「はい。お母さんがそばについているので、大丈夫です。」
「…そうかい。全く血は争えんな。頑固者ばっかりだ。」


窓の外を眺める。日が暮れてきた。そういえばここはどこだろう。家の方向とは少し違うような…


「ついたよ。」
「ここ俺んちじゃないんだけど。」
「先生、送っていただきありがとうございました。」

名前が丁寧にお辞儀すると、おばさんの車は行ってしまった。え、ここどこ。

「寿司屋…?」
「リョーマ。お先どうぞ。」
「…」

よく分からないけどなんか騙されているような気がする。恐る恐る戸を開けば… ああ。
そっと閉じると今度は中から伸びてきた手に捕まって引き摺り込まれた。

「おっ、名前ちゃんとおチビちゃん来た来た!」
「お待たせしました。」
「はい。二人とも。」
「何スかこのお茶…」

ここは河村先輩の家の寿司屋らしい。今日は板前である河村先輩の親父さんの厚意でご馳走してくれるそうだ。

大石副部長が景気よく乾杯の音頭をとった。まあお茶だけどね。




河村先輩の親父さんが握る寿司はとても美味しくて試合後で腹も減ってたし出てくる寿司をたらふく食べた。
食い意地の張っている菊丸先輩は海堂先輩や俺と桃先輩の食べっぷりに文句を言って、不二先輩が独占している怪しげな巻物をねこばばした。

「う、ひ〜〜〜〜っ なんだこりゃっ何食ってんの!?」
「わさびずしだけど?」
「そういえば不二激辛好きだったよね。」
「名前もどう?」
「え、」
「え?!」

巻き込まれたらヤバいと思って聞こえないふりをしていたが、あろうことか不二先輩がそんなことを言い出すものだからみんな一斉に振り返った。

「やっ、やばいよ名前ちゃん!!本当に辛いからねこれ!!」
「名字が悶絶する確率、100%」
「む、無理すんなよ…」

名前はごくりと息を飲んだ。不二先輩は名前をじっと見て、それから目を見開いた。

「名前と一緒に食べたくて、最後の一個残しておいたのにな。…食べてくれないの?」
「う…、」

先輩たちは口々に やめろー!しぬぞー!と大騒ぎ。ていうかなんか二人距離近くない?

「食べさせてあげようか。」
「結構です!!いただきます!!」
「ふふ。どうぞ。」

意を決して名前はわさびずしを口に放り込んだ。
すると案の定みるみる赤くなっていく顔…

「〜〜〜〜っ……!!!」
「えらいね。お茶どうぞ。」
「っん、もう、いじわる…!」


「…あの二人仲良いんすか。」
向かいに座る桃先輩に思わず尋ねると、桃先輩はニヤリとこちらを見下ろした。そういうのいいから…

「安心しろ。持ち芸みたいなもんだよ。打ち上げのときとか不二先輩いつも名前のことああやって からかってんだよ。」
「ふうん。」

ならいいけど。別にいいけど、名前が楽しそうだからいいんだけど。くそ。みっともない感情が湧き上がってくる。


「ていうかさあ、おチビと名前ちゃんっていつの間に仲良くなってたの?」
「あ、それ俺も気になってた。」
「へ、」

同時だった。俺と名前が間抜けな声を上げた。
思わず名前の顔色を伺えば、先ほどの余韻か目が真っ赤で、一瞬だけあったその目は助けを求めているようにも見えた。

「今日初めて気付いたけど、今まで名前で呼び合ってたっけ?」
「…いや、こいつら校内ランキング戦の時からそうっスよ。」
「ほんと海堂?よく見てるね。」
「ふむ。いいデータだ。いつの間にというよりも、初めから名前呼びだった可能性が高い。うまく隠していたようだが。」

「単刀直入に聞くけど、付き合ってんの?!」

思い思いに騒ぎ立てる先輩たち、菊丸先輩がトドメとばかりにそんなことを言ってくるものだから。

「付き合ってんの…?」

頭が真っ白になってしまってどういうわけか名前本人にそんなことを聞いてしまって。

「さあ…?」

名前も俺とおんなじ顔をして。数秒目が合って二人で首を捻った。へんな空気になった。先輩たちは大笑いをした。

「なんだよそれ!」
「やっぱ変わってんなあお前らどっちも!!」

「お待たせ!特製ちらしだよ!」
「わー!おじさんありがとう!!」
「すっげー激うまこの特製ちらしー!!」


大笑いして大騒ぎしてお腹もいっぱいで。
いつの間にか手塚部長と大石副部長は先に帰ってしまったらしいけど、それにも気付かないほどに。
うるさくて楽しくてやっぱりお腹もいっぱいで。

気付くと机に伏せて眠ってしまった。



「ごちそうさまー!」
「なんのゲームやる?」
「あれあるよゾンビ打つやつ。」
「越…、寝てるな。」
「名前どうする?ゲームするか?」
「…私はいいや。ここにいる。」



処方された痛み止めが効いてきてすっかり意識を手放した。




≪前 | 次≫
←main