サンダルウッドの情念
19.力尽く燃やす



都大会まで2週間を切って、最近では他校の偵察が増えた。見られることで弱くなることは無いと思うけど、ビデオカメラの音、メモを綴るペンの音、こうも数がいるとさすがに鬱陶しいと思う。


今日は図書委員の用事で部活に遅れることは名前に伝えてあった。廃棄する本や資料を焼却炉まで運ぶ仕事。
焼却炉はテニスコートを抜けたところにあると聞いたので向うと、女子テニス部の一年が自主練をしているところに出くわした。
足元には自主練用の紐付きボール。

「いーの持ってるじゃん。」
今なら新しいおもちゃに飛びつくカルピンの気持ちが分かる気がする。



ラケットを借りて数本打っていると、正面から見慣れない制服の男…
…と、名前がやってきた。
「は?」

「お、名前ちゃん。あの子はテニス部かい?」
「はい。うちのレギュラーです。」
「…」
「うん、綺麗なフォームだね。さすが青学、いい一年がいるな!」

なんだこいつ。
鼻の下伸ばして名前を引き連れる男に無性に腹が立つ。名前もなんでこんな奴と一緒にいるんだよ。

その緩んだ顔面目掛けて紐付きのボールを打ち込んだ。しかし間合いを見切っているのか微塵も避けようとせずその余裕にもまた腹が立つ。

「おしーなぁ。もう少し軸足に体重を乗せればもっともっとパワーが出せるよ。」
おっしゃる通り。やるね。
「そりゃどーも。」
右手に握っていたラケットを左手に持ち変えた。




今度こそ顔面直撃。ふう。スッキリ。

「リョーマ、なんてことするの。」
「そいつが喧嘩売ってくるから。」
「売ってなかったよ。もう、千石さん伸びちゃってるじゃん…。」

いや完全に売ってたし。

「じゃ、俺焼却炉行かなきゃいけないから。」
「ちょっと、」
「名前はこっち。」
「でも千石さんが、」
「いいから。…竜崎たち、そのセンゴクさんのこと頼んでいい?」
「う、うん!」





「ねえ桜乃。」
「…うん。」
「あの二人の雰囲気、怪しくない…?」









「で、焼却炉ってどこ?」
「…そこ右。」
「ん。」
「…どうしてそんなに怒ってるの。」
「別に。」
「別にじゃ分かんないよ。」

名前はポニーテールを揺らしながら追いかけてくる。練習着に着替えてるのにコートにも行かずなに他校生に油売ってんの。

「千石さんとは偶然そこで会っただけだよ、」
「あっそ。随分仲良さそうだったけど。」
「去年の大会で話したことがあって、でもそれだけ。」
「…」

自分の知らない名前がいる。それだけのことがこんなに苛立たせる。思わず早まる歩調に、背中をくん、と引かれた。立ち止まると名前が制服の裾を捕まえていた。

「待ってて、って、私に言ったのに。」
「…。」
「私もほんとは嫌だよ。リョーマが女の子のラケット使ってるのとか。」


あ。
怒ってる。
いや、これは怒っているんじゃなくて……

そうか俺も。


「リョーマは私のこと待っててくれないの?」
「…そうだったね、ごめん。」


歩幅を緩めて校舎裏の焼却炉に辿り着く。荷物を下ろすと名前が一歩こちらに歩み寄った。

「ね、ぎゅってして。」
「ここ学校だよ。」
「誰も見てないもん。」


遠くで運動部の掛け声や吹奏楽部のチューニングの音がする。名前の手を引いて抱きとめた。ここだけ時間が止まったよう。抱擁をそのままに視線を上げると、後をつけてきたらしい先程の女子二人と目があったので片手で追い払った。


誰も見てない、ね。
気付いてたくせによく言うよ。



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