サンダルウッドの情念
22.焦燥の換気



第二試合、秋山三中との試合は難なく終えられるかと思いきや先輩たちはイージーミスが目立っていた。勝った割に浮かない顔をしてコートを出てくる先輩たちと入れ違いにS3の名前が呼ばれた。

コートの入り口の金網を押すと、待ち構えたように癖っ毛の男に声をかけられた。じとっとした視線がラケットからシューズの先までを舐めた。

「今日は左手で行くんだろ越前くん。」
「ふーん。アンタ誰。制服着ちゃってもう帰るの?」
「んふ。おたくのマネージャー。あれは何です。」
「…は?」

前髪を指先にくるくると巻き付けてそいつは言った。口元の薄い笑みが気に障る。何ってなんだよ。

「判断が甘いです。君が左目を怪我したとき、すぐにでも棄権させるべきでした。」
「…。」
「君の弱点をまざまざと増やして。あの子はマネージャー失格です。」

なんだこいつ。

「アンタに何が分かんの。」


あのとき試合を中断されていたら、きっと永く後悔した。だから名前には感謝している。
あれが間違いなんて絶対に思わない。



***


「いいデータとれました?」
「ええ。乾くん。」
「確か君は聖ルドルフの新マネージャー…」
「観月です。光栄ですね乾くんがボクを知ってるなんて。」

観月はコートを見つめて口角を上げた。乾がその視線の先を辿れば1年ルーキーがまたサービスをキープしたところだった。このままいけば順調に6-0で終わりそうだ。

「彼はしたたかですね。もう少し動揺するかと思いましたが。」
「…越前に何を吹き込んだか知らないが、生憎彼は他人に左右されるやつじゃなくてね。」
「彼女のこととなればさすがに左右されるかと思いましたが。それともボクの早とちりでしたかね。」

乾は眼鏡の下で視線を巡らせた。青学のマネージャー名字名前はこちらに気を留めず真っ直ぐにコートを見つめゲームカウントを記録していた。

「さあね。それより君は自分達の試合は応援に行かなくていいのかい。」
「んー、おそらく勝っていますよ。D2 6-3、D1 6-2、S3 6-1でね。」


観月が背中を見せた頃、リョーマの試合は6-0にて幕を閉じ、青学は準々決勝進出を決めた。

同刻終了した聖ルドルフの試合は観月の宣言通りのゲームカウントにて白星を飾っていた。



***



「お疲れ様。」

コートを出ると名前がドリンクを差し出してくれた。顔を見て先程の癖っ毛の男が言っていたことを思い出す。

「名前。今日他校のやつから変なこと言われてなかった?」
「変なこと?」
「…や、なんでもない。」
「あ、でも裕太くんには会ったよ。」
「……誰?」

名前は閃いたように手のひらを合わせた。…何度経験しても嫌だな、名前の口から知らない男の名前が出るの。

「裕太くんは不二先輩の弟さんなの。今は聖ルドルフにいてね。元々青学にいて私クラス一緒だったけど途中で転校しちゃったんだ。」
「へえ。弟いたんだ、不二先輩。」
「ね、意外だよね。でも裕太くんは弟って言われるの嫌なんだって。お兄さんのこと苦手なのかな。」

名前は困ったように首を傾げた。

「席が近くてよくお話ししていたんだけど、私がテニス部のマネージャーになったとき何故か嫌な顔されちゃったんだよね。それからなんとなく疎遠になっちゃって。」
「ふーん。」

なんかそれは分かる気がする、同じ男としては。
それにしても危なっかしいし放っとけない。本人は自覚をしていないだろうけれど。頭を捻る名前を小突くと目を丸くしてこちらを見るので心の角が取れていくような感じがして。思わず肩の力が緩んだ。

「力が抜ける…。」
「え、身体どこか変?」
「名前のせい。」
「…悪いこと?」
「いいこと。」
「そう…?」

おっとりと首を捻るからまた洗われていく。名前は名前だし、知らないやつがなんと言おうが今の名前のこと俺はちゃんと知ってるし。
大丈夫。肺に溜まったモヤモヤを吐き出して名前から受け取ったドリンクを流し込んだ。



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