サンダルウッドの情念
23.賢く太陽



「お、勝ってる勝ってる。」

次の試合まで時間があるので桃先輩と他校の試合を見に歩いた。スコアボードを見ると不動峰が危なげなく準々決勝に駒を進めていた。

「あっ!!」
「?」

突然大きな声がして、振り返ると橙の髪色の男がこちらを指さしていた。

「こないだはほっといてくれてどうもありがとう。」
「…。」
「うん、そうか。キミが例の青学ルーキー?」
「ああ!Jr.選抜の山吹中、千石さん!へえ越前、知り合いだったのか。」
「全然。」
「おいおい!」

この人は先日うちの学校に来ていた、名前の知り合い。知ってるし覚えているけれど今思い出しても名前を連れて歩いていたことは気分が悪くなるのでシラを切った。
この人はさっきの癖毛とはまた別のベクトルでムカつく。

「Jr.選抜はキミらの部長が辞退してあいた一枠にいけただけさ。それより今日は名前ちゃんは来てるのかい?まだ会えてないんだ。」
「…居ないっすよ。」
「えーそうなの?残念。今日は女子が別会場だから花がないだろ?名前ちゃんに癒してもらおうと思ったんだけどねえ。」
「…誰でもいいんじゃん。」
「ん、なんだい。」
「別に。ねえ、アンタ強いの?」
「俺?強いんじゃない?」

やっぱりムカつくこの人は飄々とした表情をしている。誰でもいいのなら尚更名前に近づくなっての。


「桃、リョーマ、そろそろ集合時間だよ。」

書き慣れた声がして、振り返るとやっぱり。
「げ…」
タイミング最悪だよ名前。

「あ!!名前ちゃん!会いたかったよー!」
「千石さん、こんにちは。」
「はいこんにちは。いやールーキーくんは嘘つきだなあ。そんなに唾つけられたくなかったのかな?」
「…ていうか俺のなんで。もう構わないでくれる?」
「わ、」

ぐい、と名前の腕を引いた。バランスを崩して名前がよろめいたのでその肩を抱きとめる。ごめん名前ちょっとだけ我慢して。

「え、そうなの?本当に?」
「まあね。」
「なーんだ。今日の恋愛運二重丸だったのにな。名前ちゃん、ルーキーくんに飽きたらいつでもおいでね。」
「えっと、」
「名前。冗談だから気にしなくていいよ。」
「俺は結構マジなんだけどねえ。それじゃあ。」

千石さんは言葉の割にやはり飄々とした様子で背中を見せた。名前の肩を解放すると案の定キョトンとしており、桃先輩はニヤニヤしていた。くそ。

「ごめん俺のも冗談だから。忘れて。」
「うん…?」
「若いっていいなぁ〜!」
「一個しか違わないっス。」

帽子を深く被る。顔が見れなくて足早に集合場所へと向かった。








準々決勝、聖ルドルフ学院との試合が始まる。

S1のゴールデンペアと、S2の桃先輩 海堂先輩ペアの試合だ。

各ペアとも予想以上に苦戦しており、先程のオーダー発表の際に乾先輩が言っていたが聖ルドルフのマネージャーが裏で糸を引いているらしい。相手のベンチコーチの椅子には前の試合の時に話しかけてきたあの癖っ毛が座っていた。


「菊丸先輩、様子が変ですね。」

ゴールデンペアの苦戦している様子を見て名前が呟いた。不二先輩もそれに頷く。

「ああ。英二の集中力が落ちてるね。イージーミスが多い。」
「ねえ…ボールが5つ6つ位に見える。」
「え、本当?」
「うん、あの人が打つ球。」
「?!あれか!」

乾先輩いわく。対戦相手の赤澤は極端にラケットの先端を使って打つことによりボールに微細なブレを与えているのらしい。

「無意識に全てのボールを目で追ってしまう。…だろ。」
「目が痛いっス。」

長いラリー。S1、S2ともにダブルスの試合はどちらもまさに泥試合でこの蒸し暑さの中体力と集中力が課題となっていた。
菊丸先輩は尋常ではない汗をかいていて、桃先輩と海堂先輩も瞳孔が開き切ったかのように目をギラギラさせている。

「リョーマ、休憩してきて。」
「?」

試合を観戦してしばらくした頃に名前がそう言った。いつの間にか自動販売機でファンタを買ってきたらしくそれを握らさせる。

「ずっと見ていない方がいいと思う。それか見るなら離れた方がいいよ。」
「ああ、あのブレ球?」
「うん。」

名前は冷静な目で聖ルドルフの赤澤の放つ打球を見ていた。その言葉を聞いて乾先輩はペンをカチリとノックした。

「一理あるな。越前も菊丸同様に動体視力がいいから観戦しているだけでも知らずのうちに目にストレスをかけることもあるだろう。」
「…」

これ以上に何がある。
何が『マネージャー失格』だ、あの癖っ毛。名前はしっかり周りを見てくれていて、どれだけそれが俺たちにとって助けてになっていることか。

「ひゃ、」
「じゃあ一緒に休も。」
「冷た…」
「丁度いいんじゃない。暑いし。」

名前から貰った缶を頬に当ててやるとその肩が飛び上がったので大方満足である。手を取って日陰に連れ立った。

「私試合見なきゃ。」
「ここでも見れる。」

木陰に座らせてファンタを持たせた。名前は不思議そうな顔で瞬きをした。

「名前の分買ってくるから。そこで待ってて。」
「でも、」
「でも禁止。」



乾先輩が呟いた、やるな越前、と。ペンを走らせ頷いた。ちょっと。そのデータ何に使うの。



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