サンダルウッドの情念
24.軽口的外れ


名前を隣に座らせて試合の様子を見届けた。S1ゴールデンペアは6ー7で敗退。桃先輩と海堂先輩のS2は相手選手の棄権により勝ち星を挙げた。

いよいよ俺の番。コートの反対側に立つ相手は険しい顔でこちらを見ている。あんた不二先輩の弟なんだって?そう言えばもっと嫌な顔をされたので、でもこだわってんのはそっちじゃんと思った。審判のコールが響いた。



***



「部長。」
「名字か。」

ギャラリーから少し外れたところに手塚は腕を組んでリョーマの試合を見ていた。
名前はバインダーを片手に現れて、手塚が背を預ける木に同じくして寄り掛かった。

「もう肘はいいんですか。」
「ああ。完治した。医者にも診てもらって了承は得ている。」
「よかった。リョーマと試合したと聞いたので、心配でした。」

地方大会が終わった後、手塚とリョーマは部活外で試合をした。おそらくそれを部内で知っている者はほとんどいない。

「知っていたのか。」
「はい。」

穏やかに肯く名前の目線の先には不二裕太と対峙する1年ルーキーがいて、ポイントが決まるたびにメモを加える指を手塚は目で追った。

「お前は越前の支えになってくれるだろう、期待している。」
「リョーマだけじゃなく。もちろん青学のみんなを。それと部長のことも、ですね。」
「お前には頭が上がらない。」

サラサラと紙の上を滑っていたボールペンが、突っ掛かるように止まった。

「去年のジュニア選抜前のこと、私ずっと忘れないと思います。」

盛り上がる場内。淡々と記録を取る名前。そう言い放ってぐるりと手塚を見上げた眼球には決して前向きではない念が込められていた。

「すまない。」
「部長のせいではありません。でもやっぱりトラウマです。」

手塚は思わず謝ったが、名前の言葉の通り悪いのは手塚ではない。昨年の秋。肘をおさえてうずくまったこの大きな背中が名前の目には焼き付いていた。

「でも完治したなら何よりです。狙うは全国制覇ですもんね。」

ふわり、笑顔を見せた名前に手塚は圧さえ感じ生唾を飲んだ。部員を救ってきたこの笑顔は同時につよく背中を押すのだ。この信頼に応えたい。そう思わされる。

「ああ。必ず。…全力を尽くす。」



会場に一際大きな歓声が上がった。不二裕太のタイミングの速い超ライジングのリターンをリョーマが難無く打ち返したからだ。

「今の速かったですね…」
「たしかにな。俺と戦ったあの時より速くなっているようだ。」
「リョーマあれからかなり燃えていましたもん。」
「一度の負けで折れるようなやつではないとは思っていたが期待以上だった。」


裕太がツイストスピンショットを繰り出した。跳ね際で大きく弾んでリョーマは目を見開いた。ポイントを落として尚、そして静かに、リョーマは口角を上げた。


「大丈夫ですよ。今だってほら。楽しそうですもん。」




***




「…負けたよ。強いなお前。」
「アンタが弱いんじゃないの?」
「!!て…てめえ〜っ」
「ジョーダン、ジョーダン。」

コートを出ればいつも一番に声をかけてくるはずの影がなく。見渡せばようやく向こうから走ってきてタオルを頭から被せられた。

「雑…」
「ごめんごめん。いい試合だったね。お疲れ様。」
「部長と何話してたの。」
「頼もしいねうちのルーキー様は、って話。」
「あっそ。」

少し離れた木陰に手塚部長は立っていてこちらを一瞥した。何その顔。仏頂面の感情が読めなくてすぐにサジを投げたが、次には不二先輩がもっと怖い顔をしてコートに入っていくので面を食らった。一見優しそうに見えるけどこの人も相当読めないよな。

その怖い顔のまま相手チームのマネージャーを翻弄して打ち負かした。5ゲームわざと落としてからの大逆転劇。正直俺としてもアイツにはいい思い出が無いので不二先輩やってくれたよね全く。隣で予備のドリンクを抱える名前が「やっぱり不二先輩だけは怒らせないようにしなくちゃ」などと呑気なことを言うのでほんとたまにちょっとだけ馬鹿だよねと思った。



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