サンダルウッドの情念
29.宣戦布告



コートに戻ると先程の騒動のせいかみんな練習を引き上げていた。仕方なく着替えに部室に入ると先輩たちが慌ててこちらに駆け寄ってきた。先程の亜久津の件で話題は持ちきりだ。

「越前、」
「転んだだけっスよ。」

大石副部長は心配性なもので「あいつを中体連に訴えれば」なんて話を大きくしている。そんなことしたらどうなる。試合で決着をつけるという話をこちらが破ったなら名前の立場はどうなる。

「転んだんっス。」
「駄目っスね大石先輩。こいつ自分でカタをつけてやるって顔してますよ!」

こういうとき桃先輩は話が早くて助かる。大石副部長は頭を抱えてしまったが、すみません、こればっかりは譲れないんで。


「心配して腹減ったな。ハンバーガーでも食いにいかね?」
「いいっスね。あ、桃先輩。」
「名前も、だろ?いいぜ。お前声かけてこいよ。」
「どうもっス。」
「おっ桃!俺も俺も!」

振り返れば横から菊丸先輩が万遍の笑みでこちらにやってきた。ん、そういえば菊丸先輩?桃先輩と目が合う。そうそうこないだ「負けたら奢ってやる」なんて言っておいて逃げたの誰でしたっけ。

「あ、あれ?」
「英二先輩ごちそーさんっス!!」



菊丸先輩と桃先輩と名前とでファストフード店に寄り並んで帰った。あっさりとしたもので今日の亜久津とのことは深く言及されなかった。いつも通りの賑やかさが今は助かる。夜ご飯食べれなくなったらどうしようなんて言いながら名前も同じメニューを頼んだのでそれがなんだかおかしくて笑ってしまった。今日くらいいいんじゃない。まあ俺は普通に夜も食べるけど。
菊丸先輩の奢りでありがたく腹を満たし、店を出た。

「容赦ねえなお前らっ」
「菊丸先輩、ご馳走様です。」
「名前ちゃんは可愛いからいいの!」
「は?」
「うげ、おチビ顔怖いから〜!だってまだ付き合ってないんでしょ?」
「え、そうなんスか?俺てっきりもうくっついたのかと…」

…賑やかすぎるのも考えものだ。横目に名前を見ればニコニコ笑ってるし、いやなんの笑顔なのそれ。

「おチビったら意外と慎重なんだね〜。」
「うるさいっス。」
「焦ったいな〜!…ん?」

菊丸先輩がふと遠くを見た。さすが猫。菊丸先輩は目がとてもいい。みんなで思わず物陰に隠れた。その視線の先を伺えば見知った姿がそこにあったからだ。

「あれ、タカさんじゃん。誰かと待ち合わせか…?」
「あっレストランに入った!!」
「デートだな。」
「うわぁ乾いつのまに!?」


好奇心とは怖いものでついつい河村先輩のあとを追いかけてファミレスに忍び込んだ。いつの間にか現れた乾先輩はデータを取るんだと息巻いている。全く、本当にこの人は…。

5人で少し離れたボックス席から河村先輩の様子を伺った。「悪いことしてるみたいで少し楽しい」と名前が小さい声で言った。乾先輩なんかは完全にスパイ気分だし菊丸先輩と桃先輩は、まあ、騒ぎたいだけなんだろうけれど。

「しかしよく考えてみろよタカさんに限って…」
「女っ?!」
「おおおーーーっ!!」
「あっ見ろ泣かせた!?」
「ウッソー!」
「名前パフェ食べない?」
「ほんとに夜ご飯入らなくなっちゃうよ?」
「甘いのは別腹じゃん。」
「ったく世の中どーなっちまってんだ。」
「やるな河村。」
「桃先輩ピンポン押してください。」
「任せろ。ここはタカさんの奢りだな!」

河村先輩が待ち合わせしていたのは年上の女性で、先輩たちは身を乗り出した。バレますよそんなに大っきい声出したら。
そこに注文した品がテーブルに運ばれてきて先程食べたハンバーガーはどこへやら。夢中でがっついているとつい河村先輩たちから目を離してしまった。

「ところでタカさんの方は…」
「あれ?もう一人男が来てるぜ?」

…あ、

「亜久津、さん…?!」
「うそ、名前ちゃんあいつが亜久津なの?!」
「あいつか例のイカレ野郎ってのは。」
「しかし何でタカさんと…?」
「名前、伏せて。」
「わ、」

右に座る名前の頭を思わず下げさせた。顔を見られてはいけない気がする。俺はともかく、名前をあいつに会わせたくない。
急いでバッグから帽子を取り出し、名前に被せた。慌てて前髪をおさえているところ悪いけどついでに学ランを脱いで細い肩に羽織らせた。

「そのまま下向いてて。あいつがいなくなるまで。」

名前は不安そうな顔でこちらを見て素直にこくこくと頷いた。

「仁!やめてよもう!!」

突然に女性の悲鳴が耳に入ってきて、振り向いて見ればあろうことか。
河村先輩が。
頭からジュースをかけられていたのだ、亜久津に。

「ひ、ひでえ…」

いつも元気な菊丸先輩もさすがに青ざめて息を飲んだ。忘れていた傷の痛みを思い出す。こいつは倒さなきゃ、俺が。
呆然とする河村先輩を放って亜久津は立ち去った。ファミレスの出口に向って俺たちのボックス席のある通路を歩き出す。桃先輩がこめかみを震わせながら立ち上がろうとして、それを名前が止めようとしたのを更に俺が右手で制して。
左足を大きく通路に投げ出した。

ガッ、
俺の足に大きく躓いて、亜久津はバランスを崩し床に手をついた。


「さっきはどーも。自己紹介がまだだったよね。」


亜久津は大きく目を見開いた。
でもこれはあんたのいう通りただの挨拶だから。お互い様だよね。


「青学1年越前リョーマ。よろしく。」




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