サンダルウッドの情念
41.瞬



夜、疲れ果ててベッドに転がり込んだ。
ベッドを背もたれにして座った名前がこちらを見て頭を撫でた。

「試合中、思ったんだけど」

ひと束つまんで名前が言う。

「前髪、伸びたね。」
そうかな、そうかも。
今日の試合は本当に大変だった。相手は皇帝と呼ばれる真田弦一郎、中学テニス界で最も強いと呼ばれるプレイヤーの一人。
無我の境地で攻めて攻めて、なんとか勝利し青学は関東大会を制覇したのだった。汗だくで胴上げをされた目の端で大石副部長が泣いていたのが見えた。

「試合中、副部長が言ってたよ。青学はリョーマに支えられてるなあって。」
「いや、まあ。それは、俺が負けたくなかったから。」
「そうだ、竜崎先生から聞いたんだけど、今回のS1にリョーマを指名したの手塚部長なんだって。知ってた?」
「…重。」
「ふふ。言わない方がよかったかな。リョーマ前に言ってたね。柱、ってどう言う意味だと思うって。なんとなく、こう言うことなのかなって思ったよ。」
「うーん。」

名前の指が前髪をすき、はらはらと額に落ちて目にかかる。

「髪、切ろうかな。」
「うん、それがいいと思う。目に入ると痛いよ。」
「ねえ切ってよ。」
「私が?」
「うん。」
「えー。」

名前は困ったように笑った。緊張するじゃんなどと言って。ならって名前の前髪をひと束つまむ。確かにこれを切ってくれと頼まれたならプレッシャーを感じるのかもしれない。でも名前の前髪は失敗したくないけれど俺の前髪なんてさ。いくらでも伸びてくるし。

「ハサミ探す。」
「本当に切るの。」
「名前に切ってほしい。」
「他の人の髪、切ったことないよ。」
「じゃあなおさら。」
「リョーマのそういうところよくわからない。」
「嫌い?」
「ううん。不思議だなあって思う。」

机の引き出しにハサミがあった気がする。文房具だけれど。まあ切れれば一緒。ベッドから降りたそのとき。

バツン。

「え、」

暗闇。流石に体が跳ねた。突然視界が真っ暗になったのだ。一階のリビングから何か物を落としたらしい大きな音と慌てた両親の声がする。

「…停電?」
「かな。動かないで。」

次第に目が慣れると固まっている名前が見えた。
カーテンを開けて窓の外を見れば雨が降り始めて、きっとどこかで雷でも落ちたのだろう。

「暗いね。」

名前がぽつりと言う。雨音が激しさを増してきた。遠くでゴロゴロと空の音がする。隣に腰掛けると名前がこちらの肩にもたれてきた。

「名前雷怖いの?」
「怖くないよ。」
「じゃあ甘えたいだけ?」

やけにしおらしい名前を揶揄う。猫のようにこちらの腕に頬を擦り寄せる名前はなんと縦に頷いた。

「うん。」
「…そう。」
「暗くて、…ドキドキする。」

ピシャリと大きな音がして一瞬の閃光と伏せた名前の長いまつ毛の影を見る。名前は目を閉じていた。本当は怖いんじゃないの。吊り橋効果というものを聞いたことがある。顔を覗き込んでキスをする。こちらに体を寄せていた名前を押し返して床に背をつける。はらはらと名前の後ろ髪が散らばってそれを踏まないようにと床に手をついた。

「怖い?」
「…びっくりしただけ。」

どっちのことだろう。俺は何について聞いたのか、名前は何についてそう言ったのか。吸い寄せられるようにまた唇が重なる。






程なくしてすぐに電気は復旧し明るくなった自室と自分達のゼロ距離に今更驚いて飛び起きた。寝よっか。うん、寝よう。ギクシャクしながらそれぞれの部屋にて布団に潜る。あのまま停電が続いていたならばきっと今頃。
こんなに体は疲れているのに、目が冴えて眠れない。






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