サンダルウッドの情念
43.俺のこと好きでいてほしい


レギュラーの皆さん
毎日の練習お疲れ様です。
全国大会も目前となりました。そこで下記の通り夏合宿を実施します。今回は六角中との合同開催となります。有意義な時間にしましょう。
日程: 8月5日〜7日 (2泊3日)
場所: 六角中学校 千葉県
当日は朝7時に●●駅に
集合してください。
※電車移動です。
持ち物:ラケット、シューズ、…………


「……送信、っと。」
難しい顔して寺のコートのベンチに座っていた名前はハァとため息をついた。
「何送ったの。」
「今度の夏合宿の連絡。リョーマにも行ってるよ。」
名前は画面をこちらに見せて言う。
「泊まりなんだ。」
「うん。楽しみだね。」
「相部屋?」
「みんなはね。相部屋っていうか大部屋。雑魚寝だね。」
「名前はどうするの。」
「私は個室!マネージャー特権。」

得意げに言うから、いやいや特権とかじゃなくて女子なんだから普通そうでしょ。
というか、そう。泊まりか。

「じゃあ夜名前の部屋遊び行くよ。」
「うーん。夜遊べるほど余裕ないと思うよ。乾先輩から練習メニュー見せてもらったけど結構ハードな内容だったから。」
「ふうん。」

あわよくば、なんて。やっぱ伝わらないか。遊びたくて行くわけじゃないんだけどなと思いつつ、まあ合宿にこんな邪な期待するのもね。浮かれた感情を押し戻す。

「よし。私先生と打合せあるからそろそろ行くね。リョーマまだ打ってく?」
「うん。」
「今日も暑くなるし無理しないでね。」
「うん。」
「…ちなみにさ、」
「?」
「私の部屋きて何するの。」
「…なんだろね。」
「夜リョーマはみんなと大部屋だよ。」
「さっき聞いた。」
「そうだね。じゃあ行くね。」

次第に早口になっていって足速に石階段を降りていく名前を見送って。
はあ。
何するって、なんだろうね。ねえ。だからさ、
不要物持ち込み許してねマネージャーさん。









合宿当日、レギュラー陣で電車に揺られ海岸沿いに出る。海だ!と先輩たちが声を上げた。
ガタン、
ゴトン。
キラキラと遠くの水面が揺れる。ホームに降りれば潮の匂いがして。夏。海風に煽られて名前は後ろ髪をひとつに束ねた。









「ちょっと待って。」

大きめのTシャツ一枚から白い足が伸びている。えっ、

六角と合流すると挨拶もそこそこに「まずはパーッと遊びましょう!」と部長の葵が言う。ぞろぞろと着替えに向かい、砂浜に降りたらこれだ。ねえ、ちょっと。

「どうしたの?」
「あのさ、その格好でいくつもり?」
「?」

名前のあまりの露出度の高さにぎょっとして思わず引き止めてしまった。
Tシャツは日の光で少し透けていて中に着ているものの柄がうっすらと見えた。

「一応聞くけどその下なに着てるの。」
「こんなん」
「ちょっと!」

名前は恥ずかしげもなくぺろんとTシャツの裾を上げた。初めに目に飛び込んできたのは白い肌。細い腰。それから…。
慌てて手を降ろさせて露になった腹を隠す。

「水着着るなんて聞いてないんだけど。」
「みんな着てるよ?リョーマだって着てるじゃん。」
「いやそうなんだけど、」

合宿の前情報で初日は両校の親睦を深めるために海でレクリエーションがあるのだと、だから準備してこいと、それは確かに聞いていた。せっかく海に来たなら入りたい、その気持ちは分かる。でも、でもさあ…

「だめかな?」

…。そんな顔されたら。名前は恐る恐るこちらの顔を覗いてくる。
名前も楽しみにしていたのだろう。そんな水着いつの間に買ったんだ。華奢で色の白い名前によく似合う。そして控えめなそれでいて夏らしい髪飾りを付けていてどこを見ても眩しくて堪らない。

「…いや、似合ってるよ。可愛い。」
「ふふ。ありがと。」

ああもう本当に眩しい。
名前は嬉しそうに小首をかしげて笑った。
他の人に見られたくない気持ちと名前に楽しんでほしいという気持ちとで感情がぐらぐら揺れる。

「…でもその格好で目立つことしないでよね。」
「水着なんて今更みんな気にしないよ。普段水泳の授業だってあるんだし。ほら行こリョーマ!」

本当に分かってない。丸見えの足が砂の白に反射する。これくらいの牽制は許して欲しい。はしゃいで走り出した背中に追いついて手を捕まえる。走ると転ぶよと言って。案の定ぶんぶんと腕を振り解こうとするのを無視していると着替えを終えて続々と浜に出てきた先輩たちはやはりというか誰も彼もが名前の姿を二度見三度見するから。

「ちょっとおとなしくしててよね。」
「ねえ!目立っちゃダメだって言ったのは誰?」
「はいはい。ごめんごめん。」

違うよ名前。先輩たちが面を食らったのは俺たちが手を繋いでいることじゃなくて、みんなが見てるのは名前のことだってば。






両校混合ビーチバレーで賑わい、ジャージに着替えて調整を開始する。基礎練習から試合形式までみっちりと詰め込まれたスケジュールに潮風と汗とでベタつく肌を大浴場で洗い流す。

「はー疲れたぁ…」
先輩たちのため息が大浴場にこだまする。
広い風呂いいなあ。最高。湯船に浸かっていると賑やかな会話が聴こえてくる。

「合宿所のメシ最高だな…もう寝るわ俺…。」
「それにしても良いっすよね〜!青学には女子マネがいるなんて!しかもあんなに綺麗な子!」
「健太郎は女の子に目がないもんなあ。」
「ちょっとサエさん!そんな見境ないみたいな言い方やめてよ!」

「…。」

聞こえないふり。なんかめんどくさくなりそうだし。
遠くを見ているふりをして顔を背ける。もう少し入っていたいけど上がっちゃおうかな。

「ダメだよ葵くん。迂闊に越前の前でその話をしたら。」
「え、なんで越前くん?」

…はいはい出た出た不二先輩!!!もう。
目の端で振り返れば案の定こちらを見てにこりと笑う腹黒先輩。勘弁してよ…

「不二。もしかしてあのマネージャーの子、越前くんと…?」
「さあ?ねえ、そこのところどうなのかな越前。」
「いや別に…」

知ってくるせに。面白がってるだけじゃん。本当にこの人は…

「俺もう上がるんで。」
「うーん。そうか越前知らないのか。じゃあ付き合ってるなんて僕の勘違いだったみたいだね。よかったね葵くん、あの子フリーみたいだよ。」
「…っ、ちが、」
「ん?なんだい越前。」
「………はあ。彼女、だから。俺の。」
「ふふ。」

ああああああああ
これで満足っすか不二先輩。もういいやなんでも。熱い。馬鹿みたいに熱い。早く上がって涼もう。

「えー!すごいな越前くん!あんな子が彼女だなんて、羨ましいー!」
「はいはい。じゃあね。」
「じゃあ今日もしかして一緒に寝たりとか」
「こら健太郎それは悪ノリしすぎ。」
「へへ。ごめんね越前くん。僕テンション上がっちゃって。へへへ。」

そうだね、悪ノリだねそれはさすがに。ねえ不二先輩。

「寝てもいいんすか。」
「何の話かな?」
「こわ。冗談っすよ。」

先輩が仕掛けたラリーじゃん。小声で尋ねれば目が笑ってない。なにその顔やめやめ逃げよ。








風呂上がりに自販機を眺める。小銭を入れればガコンと、ボタンを押したはずもないのにペットボトルが受けに落ちて、彼女、
俺の彼女が視界に突然入り込む。

「私これー」
「手法オジイと一緒じゃん。」
「やってみたかったんだよね。」
「ごめんねは?」
「ごめんね。」

可愛くてムカつく。越前くんのは先輩が買ってあげようなんて言って名前は俺のいつも飲んでる炭酸飲料を購入してみせる。缶を取り出ししゃがみ込むうなじを覗き込めば服の隙間から背中が見えて。

「…。風呂入った?」
「入ったよ。貸切状態だった。すごく広いの。」
「だろうね。」
「そっちは賑やかだったでしょ。」

合宿所の廊下を進んでなんてことのない会話をする。目的地もなく只々歩く。窓の外はまだぼんやり薄明るい。

「ようお二人さん。」
「わ、びっくりした。」

突然背中から声をかけられて振り向けば桃先輩。

「何してんだよこんな時間に。」
「散歩…?」
「かな…?」
「なんだよそれ。お前らやっぱり似てるって言うか。変わってるよな。いつまでも初々しくていいねえ。」

初々しい?なにそれ。桃先輩はニタニタとからかってきて、ああもうみんなして面倒くさいなあ。俺も大概だけど合宿だからって浮かれすぎじゃない?

「うーん、そう見える?」
「だってお前らマダなんだろ?」
「まだって何が?」
「いいから名前。行こ。…セクハラっすよ桃先輩。」
「はいはい悪かったよ。」

大して悪びれもせず桃先輩が俺の肩を意味深に叩く。いやほんとやめてくれないかえって気まずいんだけど。

「まあそれは冗談としてだな。それにしても越前はともかく名前お前ほんと顔に出ないよな。いつから好きだったんだよこいつのこと。」
「俺はともかくってなんすか。」
「だってお前分かりやすいもん。」
「うーん、いつから、かぁ…。」
「名前いいってば。もう、やめませんこの話。」

いや聞きたいけど。聞きたいけれどなにも桃先輩の前でこんな話しなくたって。

「なんだよつまんねえなあ。」
「部屋まで送るから。行くよ名前。」
「おうおう戻ってくんなよ〜!」

うるさいなあ。それ言われて本当に戻らなかったら100倍にして揶揄うくせに。あわよくばなんてそりゃあ俺だって思ってるけど。でもこれじゃあ先輩に言われて感化されたみたいで、そう思われても癪だし。
名前の手を引いて逃げるように廊下を進み二階へと続く階段を上る。名前は黙ってついてくる。桃先輩の軽口の意味を分かっていないような顔してるけど実のところどうなんたろう。

「部屋、ここ。」

ある扉の前で名前がポツリと言った。だらだらと歩幅を狭めるも名前は相変わらず静かで、なんだかそわそわとしてしまう。繋いでいた手をなんとなく離したくなくて、名前から振り解いてほしくて、振り解いてほしくなくて、妙な沈黙が流れる。

「…あのさ。」
「?」

心臓がバクバクとうるさい。いいのかな。ねえいいのかな。名前は不思議そうな顔でこちらを見ている。そうだよね。不思議だよね。何をこんなに緊張して、好きな人相手にしたいことひとつ言えず。でも、でもやっぱり。やっぱり。

「…ゆっくり休んで。おやすみ。」

名前が手を解かないから、俺から離して。肺の中の濁りを吐き出せば名前は相変わらず不思議そうな顔をして。

「帰っちゃうの?」

やめてよ

「帰るよ。また明日。」

抱きしめてキスをさせてほしい。キスをして部屋に入れてほしい。入れないでほしい。ごめん名前。そんな顔しないで。

「うん。わかった。おやすみリョーマ。」



小さく手を振って、扉の向こうに消えていく。好きだからしたい。大切だからしたくない。嫌われたくない。俺のこと好きでいてほしい。怖い。こんな弱い自分のこと知りたくなかった。





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