サンダルウッドの情念
46.Aコロシアム



大会まであと3日。会場の下見に行くと名前が言うのでつづいてバスに乗り込んだ。今日は自主練の日で先輩たちは各々山に籠ったりジムに篭ったりしているらしい。

「副部長は立海に行くみたいだよ。」
「殴り込み?」
「抽選会。トーナメントの組み合わせのね。」

隣に座る名前は眠そうに目を擦りながら窓の外を見ている。俺も眠い。

「なんかすごい走ってる人いる。」
「ふうん。」
「バスに着いてきてるよ。」
「それはすごいね。」
「あれテニスのラケットかな。なんか背負ってる。」
「名前着くまで休んどきなよ。昨日夜更かししてたでしょ。」
「してたね。誰のせいかな?」
「俺のこと?じゃあのった名前も悪い子だね。」
「…。着いたら起こして。」
「うん。今日もする?」
「…おやすみ。」




バスを降りてしばらく進むとスタジアムが見えてきた。立派な屋根がついていて雨天にも対応できるとのこと。

「この中で試合できるのは準決勝からだけどね。それまでは外のコート。」
「ふーん。」
「リョーマ先中見てきていいよ。私外の様子も見たいから。」
「わかった。」

会場の中を進み、スタンド席からコートを見下ろした。人工芝が綺麗に貼られていて丁寧に整備されている。打ちやすそうだ。
ぐるりと見渡したそのとき、コートを挟んだ反対側のスタンドにいる少年と目が合った。

ラケットを一本背負っている。あれは木製だろうか。

「君も全国大会出るんか〜っ?!」

勢いのいい男子は飛び跳ねながらこちらに何かを言っている。会場のライトに照らされて彼の肌がキラキラ光って汗をかいているのだと分かった。バスと並走してたのってまさかアンタ?随分と元気だね。

「お待たせ。わ、さっきの子だ。」

後ろから名前が合流して、コートの向かい側を見て声を上げた。ぶんぶんと大きく手を振ってくる相手に律儀に手を振り返すのだからほんとそういうところさあ。

「遠山金太郎いいます!よろしゅうよろしゅう!!」
「元気な子だね。」
「…ね。」
「あ、おったおった金太郎さんや!」
「え、名前ちゃんちゃう?!」
「ほんまや名前ちゃんや!!」

は?
遠山の立つ少し上のゲートからぞろぞろと人がやってきた。遠山を見てそれからこちらを見て大騒ぎをしている。なんだあいつら。

「知り合い?」
「いや…どうだろう。」
「去年の東京研修旅行で会った名前ちゃんや〜!」
「…だそうだけど?」
「ああ!四天宝寺の…!」
「せや!ドンドンドドドン!四天宝寺!!」

ワイシャツにスラックス姿の男たちはお祭りよろしく賑やかでまあ声の大きいこと。空っぽの客席に彼らの声がよく響く。

「うちらのこと忘れてたん?!冷たいわあ!」
「担任がな四天宝寺だけに寺で修行しいやとかふざけたこと言って本当に送り込んでんな。」
「そこに居ってん名前ちゃんが。」
「忘れもせん掃除掃除座禅座禅!何が修行や思ってたところにお盆もって現れた天女のような女の子!」
「あのお茶の味俺は一生忘れん…」
「え、あの姉ちゃんが謙也がいつも好き好き言うてる名前ちゃんなんか?」
「お前声でかいわ!!」

賑やかな連中と対比して名前は困ったように笑っている。わかる。強いよね、圧が。
女子マネージャーという珍しさから大会中にもよく目立つ名前は俺の知らない交友録があるが今回は大して深い関わりは無いのだと名前のその苦笑いをみてなんとなく思った。

「謙也あれ以来マネージャーもんばっか観てるからな。」
「あほ!!!黙れ!!」
「なんか揉めてるね?」
「聞かなくていいよ。」

あまりに下世話な話になってきたので名前の耳を塞いだ。ついでにちょっかい出しとくか。

「ねえ。好きなの?名前のこと。」
「な、え、何やお前!」
「いや、あいつ、まさかめっちゃ図太い神経で唯我独尊、三白眼で睨んできよるアメリカ帰りの越前ちゃうか?!」
「な?!あいつがコシマエなん?!コシマエー!!試合しようやー!!」
「このぽっとでのイケメンが!俺がどんなだけ片思い募らせた思ってるんや!」
「残念。俺の好きな人だから。」
「…?!……っ?!!」
「ていうか、恋人。」
「ま゛……っ?!?!!」
「じゃ、そういうことなんで。…行くよ名前。」

もうお話終わった?とこちらを覗き込んでくる名前、が好きなのは俺なのだと。そのことが時々こう、グッとくるときがある。うん。終わったから帰ろ。見せつけるように手を握って踵を返した。スタジアムに響き渡る悲鳴の気持ちいいこと。


「……謙也。息しいや。」
「…これからは寝取られもんも観なあかんね。」
「げすいわ!!今言うことちゃうやん!!名前ちゃんに聞こえるやろが!!」
「否定しろや。」








その後、本日行われた組み合わせ抽選会の結果を受け取りに名前は学校へ、俺は自主練の為に寺へ向かった。日が暮れて帰宅すると名前もちょうどリビングに居て、ただいま、おかえりを言い合う。机に置かれたトーナメント表を並んで眺めているとカルピンが飛び乗って紙の上に座るから読むのは諦めた。どこと当たろうと勝つだけだし。

「うちはシードだから初戦の六角と沖縄の比嘉中の結果次第だね。立海は反対側かあ。」
「カルピンくしゃくしゃにしないで。」
「大丈夫だよ。好きにしていいよ。」

カルピンはごろごろと机の上で転がって名前はわしわしとその腹を撫でた。

「あとね。帰ってきたよ、部長。」
「…そう。」
「学校で会って少し話してきた。肩、完治したって。部活には明後日から復帰するみたい。」

手塚部長。怪我の治療で九州に行っていた。完治。そうか。カルピンを撫でくりまわしながらその目はとても優しくて、その目で部長のことを話さないでほしいと少し思ってしまうくらいには名前の表情は綻んでいた。

「嬉しそうだね。」
「うん。全員揃って全国に挑めるの。少し諦めかけていたから嬉しい。」

カルピンは飽きたのかのそりと起き上がり尻尾を立てながら部屋を出ていく。下敷きになっていたトーナメント表のシワを飛ばしながら名前はやはり嬉しそうで。

「ねえ名前。」
「ん?」
「明日、オフだよね。」
「うん、大会前最後のオフだね。」

明後日は最後の全体練習でその翌日から大会が始まる。今日もしたいと言いたい。なんかこうモヤっとしたから。夕飯の支度ができたと母親から声をかけられる。家族がリビングに集まってきて会話が尻切れになった。と思ったのに。

「あとでね。」

こそり。俺にだけ聞こえる小さな声で名前は言って食卓へと向かう。あとでね。いいの。うん。こそり、こそこそと。もっともっと声を殺して。夜を過ごし。境が無くなりふけていく。





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