セイラルの唄
変身術母が亡くなったのは二年前のことだ。病だった。彼女が海に還る前、最後に私の頬を撫で、静かに目を閉じた。その日以来、私に異変が起きた。母が私に託したかのように「魅了」が現れた。
理由があったのかもしれないし、深く考えていたわけではないのかもしれない。それでも私はそれに死ぬまで囚われ理由をずっと探してる。その意味に正しい言葉がほしい。
─────────────
その日は変身術の授業だった。テーマは「動物をゴブレットに変える」。
担当のドレークフォード教授から「ペットを連れてきなさい」と事前に指示を出されていたので、名前はミサゴのエラヴィスを連れてきた。白と黒の羽に鋭い目、両翼を伸ばせば名前の身長よりも長い、大型の猛禽類だ。無骨で鋭い爪が、細身の肩に食い込んでいた。
教室に入ると、そのアンバランスな出立ちに生徒たちの視線が一斉に集まった。気に留めず名前はエラヴィスに小言を言った。
「お前、重いんだから少しは自分で飛んでくれよ。」
エラヴィスはシャープな目を閉じ翼を軽く震わせた。動く気配はない。名前はため息をついた。
前の席には中庭で会った黒髪の少年が座っていた。声をかけようか迷ったが何を話すでもないことに気付いて黙って座った。
彼は猫を連れていた。チョコレート色のポイントカラーが特徴的な長い毛並みに青い目。おとなしく彼の足元に座っていた。
教授が説明を始めた。
「動物をゴブレットに変えるにはその特徴を意識することが重要である。集中して呪文を唱えなさい。『ヴェラ・ヴェルト』!」
教授がネズミを銀のゴブレットに変えると、生徒たちがざわついた。名前はエラヴィスを肩から下ろそうとしたが、彼は爪を立てて抵抗した。名前は淡々と言った。
「エラ。分かるけど、降りてくれよ。」
エラヴィスは渋々と机に飛び降り、両翼を広げてバランスを取った。その羽先は隣の机まで伸びて、女子生徒の杖を弾き飛ばした。
「君のだね。ごめん。」
「あ…、」
杖を拾いあげて差し出せば女子は慌てて目を逸らした。名前は黙って席に戻った。この程度のことで気にしていられない。
「さあ皆さん集中して。越前リョーマ、あなたもやってみなさい。」
リョーマ。そう呼ばれたのは黒髪の彼だった。彼は猫を机に上げると、呪文を唱えた。
「ヴェラ・ヴェルト。」
すると瞬く間に猫は金色のゴブレットに変わり、縁に猫の瞳を思わせる模様が浮かんだ。教授は感心した声で言った。
「素晴らしい。早くて的確。造形も美しいね。」
クールな印象の通りリョーマは器用に魔法を使った。それについて本人も驚いた様子は無いので、きっとまぐれではないのだろう。名前はエラヴィスに目をやった。
「変えられるかな、お前。」
エラヴィスは羽ペンを嘴でつつきふざけていた。指の背で撫ぜて嗜め、名前は杖を構えた。
「真面目にしろ。ヴェラ・ヴェルト。」
するとエラヴィスは青みがかった銀のゴブレットに変わった。鋭い爪を思わせる縁が少し無骨だ。名前は肩をすくめた。まあまあだ。
「ミサゴか。珍しい鳥だ。特徴をよく捉えているね。」
少し歪だがその馴染みのある色味を名前は気に入った。そう。お前は誰より海が好きだったものね。
授業が終わり、教授がペットを元の姿に戻す呪文を唱えるとエラヴィスはまた肩に飛び乗ってきた。大きな爪は食い込み、力強い羽根は風を立てシルバーの髪を乱した。髪をかきあげると後ろのほうで男子生徒が囃し立てたが、名前は無視を決めた。
「お前なあ。もう少し優しくきてくれないか。」
エラヴィスは少し苛立っている様子で羽を整えた。ゴブレットに変えられたことを根に持っているのだろう。
荷物をまとめ教室を後にしようとしたときふとリョーマの姿が目に入った。彼はそっと猫を抱き上げて優しく撫でていた。猫もまた目を細め彼の手にすり寄る。その様子に名前は少し感心してしまった。意外だな。
「何?」
視線を感じたらしい彼はこちらを振り向いた。
「いや。…可愛い猫だね。」
不躾に眺めて悪いことをした。立ち去ろうとすると彼は手際よく教科書をまとめ横に並んだ。一瞬驚いてしまったが出口はひとつ。同じ方向に行くだけかと思い直した。
彼の猫はこちらに聞こえるほどに喉を鳴らしている。それを指摘しようか少し迷ったが名前は黙って前を向いた。
廊下に出ると晴れた空がよく見えた。
「ほら、悪かったよ。暮れる前には戻っておいで。」
腕を差し出せばエラヴィスは翼を広げて窓から出ていった。少し飛んでくれば気晴らしになるだろう。
軽くなった肩を回して踵を返せばそこにはまたリョーマがいて、名前は目を丸くした。彼は窓際に猫を下ろしエラヴィスの飛んでいった先の空を見ていた。窓から差す光がその目に映ってきらりと揺れた。
「これから雨だよ。」
雨?倣って空を見上げた。確かに雲はやや厚いが日差しが出ているしそうとは思わないが。
「お気遣いどうも。彼は水が好きだから濡れても平気さ。」
彼の猫はやはり喉を鳴らす。あくびをひとつ。淡い毛並みがふわふわと陽に透けていた。
≪前 | 次≫
←main