セイラルの唄
飛行訓練翌日。今日は飛行訓練の授業だ。箒に慣れるための初歩的な実習で、スリザリンとグリフィンドールが合同で受けていた。
名前は校庭の端に立ち、古びた箒を手に持っていた。越前リョーマはグリフィンドール生だ。彼もこの授業を受けていて少し離れた場所にいた。飛行に憧れを持っている者は多く、校庭にははしゃぐ声が響いていたがリョーマは退屈そうな目をしている。
壮年の男性、ウィンドレイス教授が前に立った。「箒を浮かせて、校庭を一周しなさい。」そう指示を出すと、生徒たちが苦戦しながらも次々と飛び始めた。名前はそれなりに上手く箒を操ったが、目立つことなく淡々と課題をこなした。
一方、リョーマは違った。彼は箒に跨がると、まるで風を読むように滑らかに浮かび上がり空を切って飛んだ。障害物を避ける動きが異様に鋭く、他の生徒がぐらつく中、彼だけは完璧に校庭を一周した。教授が感心した声で言った。
「越前、素晴らしい! 運動神経がいいのだろうな。好成績だ。」
名前は校庭の端からそれを見ていた。彼の瞳が一瞬こちらを捉えた気がしたがすうと離れた。
授業後、グリフィンドールのクィディッチチームの五年生がリョーマに近づいてきた。
「おいそこの一年!さっきの飛びっぷり見たぞ。クィディッチのチームに入らないか? シーカー向きだ。」
周りのグリフィンドール生が「いいね!」と囃し立てる声が、少し離れた場所で箒を片付けている名前の耳にも届いた。
リョーマは肩をすくめ、いつものクールな口調で言った。
「別に。興味ない。」
五年生が驚いた顔で食い下がった。
「マジかよ? 才能あるのに勿体ないだろ。」
「俺、協調性ないんで。チームはパス。」
彼はそう言って箒を倉庫に返しに歩き出した。目が合った。名前は表情を変えず、リョーマも黙っていた。リョーマは箒を丁寧に立てかけた。そしてやはり目が合う。彼は何ひとつ驚かない。何が違うのだろう。
「…本当に意外なことばかりだな、君は。」
面倒事は嫌いだ。悲しい思いをしたくないから。そうでありながらこの少年に興味が引かれてしまう。聞かせるつもりのない独り言も、実のところ気にとめてほしくてわざと言った。思惑通りに彼はこちらを振り返って首を傾げた。
「何が?」
「聞こえたよ。チームの話、断るんだね。」
「あんただって同じくらい飛べてたろ。」
名前は言葉を詰まらせた。口調こそ淡々としていたがそれは明らかに彼なりの冗談だったからだ。リョーマはほんの一瞬小さく口角を上げた、ような気がした。黒い前髪に見え隠れする琥珀色の瞳。そういえば。昨日窓から空を見ていた横顔を思い出した。
「…そういえば君の言った通りだったよ。」
片付けを終え倉庫を出て行こうとするその背中に投げかけた。彼は歩幅を緩めてこちらを振り返る。
「昨日の晩、エラヴィスが雨に打たれて帰ってきて大変だった。疑ってすまなかったね。」
「そう。たまたまだよ。」
そう涼しく言ってリョーマはローブを翻した。倉庫の外で他の生徒から「あの女と何話してたんだよ」と揶揄われていたが彼は変わらない態度で校舎へと入っていった。
≪前 | 次≫
←main