セイラルの唄
ハロウィンシャワールームの一件以来、リョーマが隣にいることが増えた。別にいいのにと名前は意見したがそんなんじゃないよとリョーマも取り合わない。周囲の生徒は面白くないのかリョーマに向かって「サキュバスの言いなりじゃないか!」と吐き捨てたがリョーマは「そうだよ。」と嘲笑ってみせるだけだった。
ホグワーツの秋が深まり、校内は新しい話題で盛り上がり始めていた。まもなく学校をあげてハロウィンパーティーが開催されるとのことだ。一緒に踊ろうとかどんな仮装で行こうとかそんな話で持ちきりだ。
騒がしい場所は苦手なので名前は欠席するつもりでいたが、午後の授業を潰して開催されるそれは、その授業の欠席に相当するとのアナウンスがあったため仕方なく降参した。リョーマはどうするのかとふと思ったが、約束もしていない彼のことなど気にする方が不自然だと気付き考えるのをやめた。
10月31日がやってきた。大広間で盛大なパーティーが開かれた。
ハロウィンは霊的な世界が近づく夜として親しまれており、ホグワーツではその伝統が魔法と共に華やかに息づく。大広間の天井にはいつもの星空に加え今夜はオレンジと紫の光が揺らめき、コウモリが魔法で飛び交っていた。長いテーブルにはカボチャのランタンが並び、目をくり抜かれた顔が不気味に笑う。ローストパンプキンやアップルパイといった秋の収穫を祝う料理が山積みで、ゴーストたちがテーブルをすり抜けて冷たい風を吹き付けていた。壁には蜘蛛の巣が張られ、動く蜘蛛が這い回る。カボチャの楽団が不思議なメロディーを奏で、生徒たちは仮装で浮かれていた。
名前は深いエメラルドグリーンのドレスを纏い、髪に銀の飾りをあしらって大広間に降り立った。
細身のシルエットのドレスで裾は膝下まであり歩くと静かに揺れた。襟元は高く立ち上がり、長く手首まで伸びるフレア状の袖が動きに柔らかさを生む。仮装のつもりはない。ただ持っていたドレスを着てきただけだ。
しかし浮かれた場ではあっさりとした姿がかえって目立つらしい。数人のグループが近づいてきた。思い思いの仮装をしておりどの寮の生徒なのか分からない。一人が薄ら笑いを浮かべて言った。
「それがサキュバスの正装?ずいぶんセクシーだね。」
別の生徒が品なく囃し立てた。
「魅了が出てるぞ。俺たちが一緒に踊ってやろうか?」
適当なことばかり。露出をかなり控えてもこう言われるのだからお手上げだ。名前は目も合わさずその集団からすり抜けた。
目的もなくただ進むとリョーマを見つけた。彼は黒いクラシックなドレスローブというシンプルな姿で大広間の窓際に立っていた。きっと彼も仮装ではなく手持ちの服をまとっただけなのだろう。しかしそれがクールな雰囲気を際立たせていた。
名前は少し意地悪な気持ちが湧いた。彼が冷めた目で浮かれた生徒たちを見ているのが面白くて、ちょっとからかってやろうと思ったのだ。名前はリョーマに近付き、隣に立った。
「ねえ、私と踊らない?」
リョーマは一瞬目を見開いて名前をじっと見つめた。琥珀の瞳がエメラルドのドレスを捉え、銀の髪飾りを一瞥し、ゆっくりとサファイアグレーの目に移った。そして、口の端が小さく上がって、彼は言った。
「…わざとやってんの?」
その言葉は、名前の挑発が自身ではなく周囲へ向けたものであることについての指摘だった。
名前は深く考えていなかったが、結果リョーマに絡んだことで野次馬たちに見せつけることとなったのだ。リョーマはそんな名前の様子を見て呆れてため息をついた。
「何のこと?」
「なんでもないよ。で、踊るんだっけ。いいけど魅了は無しね。」
「効かないくせに。」
名前は小さく笑いリョーマの手を取った。リョーマの指先は冷たかったが手を包み合えばそれもどちらのものかすぐに分からなくなった。音楽が流れ、二人は淡々とステップを踏み始めた。大広間の中央ではたくさんの生徒たちが仮装で踊り、カボチャのランタンが浮かんで光を投げかける。ポルターガイストのピーブスがキャンディーを投げつけ、笑い声が響いた。
リョーマと名前は、まるで無表情に手を取り合っていた。しかし二人にだけはお互いの目に微かな笑みが滲んでいることに気付いていた。名前は魅了を使うつもりはもちろんなかったが、リョーマはいつものように微塵も疑わずその瞳を直視していた。
曲が終わると二人はどちらかともなく手を緩めお互いの指を解放した。窓際まで移動しソファに腰掛けるとまた新しい曲が始まった。踊り続ける生徒たちを見て、柄にもないことをしたと二人は肩をすくめて笑った。
「あんたってさ、意外と普通だよね。」
賑やかな装飾を眺めながらリョーマは言った。
「普通って、どういう意味?」
「そうしていると俺にはあんたはただの女の子に見えるよ。…ドレスは、まあ、スリザリンっぽいけど。」
「…そんなことを言うのは君だけだ。」
その時、グリフィンドール生が「トリック・オア・トリート!」と叫び、魔法で星のように光る砂糖菓子を飛ばした。一つがこちらに落ちてきて、リョーマは手を伸ばし掴んだ。それをリョーマは名前に渡し、小さく笑った。
「ハロウィンって、うるさいね。」
「うん。でも、…悪くない。」
舞踏会の灯りが揺れる。生徒たちは踊り続け、カボチャの香りが漂い、ゴーストが歌い、魔法の蜘蛛が壁を這う。二人はその喧騒から少し離れ静かにそこに居た。
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