セイラルの唄
物置


最近、リョーマの周りが騒がしくなっていた。きっかけは彼の成績とクールな態度に惹かれたレイブンクローの女の子だ。
彼女の名はエミリー・クラークといい、最初は遠くから見ているだけだったが次第に付きまとうようになった。廊下で「リョーマくん、魔法薬学の宿題教えて?」とか「一緒に図書館行かない?」などと声をかけ、休み時間には彼の周りをうろつく。最初は気にしない素振りでスルーを決めていたリョーマだったがこうも毎日付き纏われると流石に顔に苛立ちを浮かばせていた。眉を寄せ口をへの字にして懸命に無視を続ける姿がおかしくて、名前は離れたところから物珍しげに静観していた。

ある日の昼休みのことだった。エミリーは手作りらしきクッキーを持って大広間に現れると、リョーマを見つけて突進した。

「リョーマくん!これ作ったの! 食べてよ!」

籠いっぱいに入った怪しい色をしたそれにリョーマは顔を引き攣らせ、即座に逃げ出した。

「いらない!」

彼の声が少し高くなり、必死に歩みを速める姿が滑稽だった。女の子はクッキーを手に「待ってよ!」と叫びながら後を追う。リョーマが必死に逃げる様子が面白くて、名前は庭のベンチに座ってそれを見物していた。

するとリョーマはこちらの方向に逃げてきた。珍しく余裕のないリョーマは、名前が居たことに今更驚いて目を剥いた。ばちりと視線が合って、そんなつもりはなかったが名前は咄嗟に手を伸ばし、気付いたときには彼の手を掴んでいた。

「わっ、」
「静かに。」

名前はリョーマを近くの空き教室に押し込み、自分も一緒に入った。しかし教室と思い込んで引き入れたのは狭い倉庫だった。中は薄暗く、酷く埃っぽい。扉を閉めるとリョーマの肘が錆びた鎧に当たったので、倒れてこないよう二人は慌てて抑えた。リョーマの上がった息がすぐ耳元で聞こえた。名前は鎧が動かないことを確認し、扉の隙間から外を覗いた。女子が辺りを見回しながら通り過ぎるのが見えた。

「必死に逃げてたね。面白かったよ。」

名前は小声でそう言うと、リョーマの背にある鎧の頭が傾いていることに気付いて押し戻した。リョーマは自身の頬に名前の髪が触れたことに一瞬驚いたが、平静を装って扉に寄りかかり、さりげなく距離をとった。

「笑い事じゃないから。あいつしつこすぎる…。」
「君、クールだから目立つんだ。」
「周りが勝手に騒ぐだけだよ。」
「逃げる姿はクールじゃなかったけどね。」
「うるさいな。」

リョーマは拗ねたように下を向いた。名前はその姿を見て思った。リョーマが女子から追いかけられているのは興味なかったし、面白いとさえ思っていた。大人しく匿われている彼がなんだか不思議で、名前の胸に妙な気持ちが少しだけ残った。

やがて静寂が訪れ、辺りに人がいないことを確認し名前は扉を開けた。

「もういいだろう。出よう。」
「あんたに助けられるとは思わなかった。」

リョーマは薄く笑い、肩の埃を払いながら倉庫を出た。髪をかきあげ、名前は先を歩いた。

「そんなつもりじゃない。騒がしいのが嫌だったんだ。」
「あんたはそう言うよね。」

リョーマはそう言って隣に並んだ。



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