セイラルの唄
魔法史


その日の授業は魔法史だった。普段は退屈な座学だが、今日は少し違った。クロニクル教授は教壇を降り、生徒たちに問いかけた。

「魔法生物には、ピクシーやハウスエルフのように魔法を使うものがいる。だが、彼らは杖を持たない。なぜ妖精は杖なしで魔法を使えるのか?なぜ魔法使いは杖を使うのか?考えてみなさい。」

生徒たちは顔を見合わせ教室にざわめきが広がった。名前は教科書を閉じて腕を組んだ。リョーマは少し離れた席で頬杖をついて窓の外を見ていた。

グリフィンドールの生徒が恐る恐る手を挙げた。
「妖精は生まれつき魔法が体に染み込んでるから、杖がいらないとか。…まあ魔法使いだって生まれつき魔法は持っていますけど…。」

クロニクル教授は頷き続けた。
「そう。妖精は魔法が本能に近い。呪文を唱えることもなく意志だけで力を発動する。ゴブリンは金属加工に魔法を活かすが、杖は使わない。狼人間もその身だけで満月の夜に変身するが、その力は魔法の一種だ。種族ごとに魔法の形は異なる。」

名前は教科書の背を見ながら考えを巡らせた。確かに母の魅了は杖を用いず使える魔法だ。特性であり本能である。道理で扱いづらいわけだ。

スリザリンの生徒が口を開いた。
「でも魔法使いが最強なのは、それらを凌ぐ知性です。複雑な呪文を数々生み出し、杖を用いることでそれらを高精度で出力している。」

教授は頷きこつりと自身の杖を指で弾いた。
「魔法使いが特殊なのはそこだ。魔法使いは、発明をする。そして扱う魔法が難しく高度。正しく制御するために、杖を使う。先日ゴブリンの反乱の課題を出したね。ゴブリンたちは、だからこそ魔法使いの杖が疎ましく、杖の使用権を主張した。」

ハッフルパフの生徒が手を挙げた。
「魔法使いは杖なしで魔法を使うのは不可能なんですか?」

教授は一瞬目を細め、答えた。
「極めて稀だが、不可能ではないだろうね。但し強い意志と並々ならぬ訓練が必要だ。ただ、こういう考えがある。杖とは魔法使いの象徴であり、誇り高き文化であると。」

教授はさらに続ける。
「私たちには“知性”がある。人間が髪を解くのに己の舌ではなく櫛を用いるように、また獣が食事にカトラリーを使わないように、私たち魔法使いは、杖を使う。」

"知性"を疑う、いつかリョーマが陰口を言った生徒に向けて吐き捨てていた。彼にそういう意図があったかは定かではないが、名前はその言葉を思い出していた。

「なにも杖を使わない生物が野蛮と言っているわけではないよ。何を持って優れているととるか。それぞれに特性があって、それぞれに長けていることがある。だから共存しているのだしね。さあ有意義な議論ができた。今日はここまで。」

クロニクル教授は襟を正すと颯爽と去っていった。名前も他の生徒に続いて教室を出ると、リョーマを見つけたのでなんとなく話しかけてみた。

「眠そうだね。」
「まあ。」
「君はどう思う?」

退屈そうな目をしていたリョーマは名前を捉え表情を微かに緩めた。

「どうって、杖の話?」
「そう。理屈としては他の生物でも杖は使えるってことだよね。でも魔法使いが杖を独占したいのは他の生物に使われたら困るってこと?」
「魔法使いが恐れているのは単純に武力でしょ。
トロールには力で勝てないけどあいつら単純だからね。ああいうのに知恵を持たせたくないんだよ。」
「なるほどね。」

杖を独占している限り、魔法使いは最強でいられる。名前は考えを巡らせた。

「杖無しで魔法使いを凌ぐ生き物はいないのかな。」
「現状ないだろうね。いたとしても消されてるよ。」
「消されてる…?」
「そう。魔法使いが最高位であるというヒエラルキーを守りたいんだよ。」

そんな話をいつか図書室で見た気がする。精霊の王とまで呼ばれていたが今日では存在はしないとされているとか。いやあれに関しては伝承というよりおとぎ話か。名前は記憶を手繰り寄せかけたが、そこまで考えて思索をやめた。
リョーマは遠くを見ていた。


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