セイラルの唄
禁じられた森ホグワーツの冬が佳境を迎え、禁じられた森の木々は冷たい霧に包まれていた。
先日の湖での騒動が原因だった。
リョーマと名前は崖から突き落とされ、共に黒い湖に落ちた。グリフィンドールの寮監のドレークフォード教授に呼び出され、「湖で泳ぐことは校則で禁止されている」として懲罰を言い渡された。内容は、禁じられた森の奥にある泉の水を回収してくること。
「あなた…名字さん。すっきりしましたね。グリムソン先生の処置が効いているんですかね。」
ドレークフォードは名前の目を見て呟いた。心情派なのだろう、心配の色を浮かべていた。しかし一方でグリムソンの株が上がっていることが面白くなく、名前は冷たく返した。
「…そう思うならそうなのでしょうね。」
先日グリムソンに無理矢理引き出された魅了は確かに落ち着いているように思う。しかし、なくしたわけではなく使い切っただけであるので、名前にはその力が日に日に帰ってきていることに気付いていた。「グリムソンが対処している」という認識が人々に先入観を持たせているように思う。
その放課後、二人は長い渡り廊下を抜け、森に足を踏み入れた。禁じられた森は不気味な静寂に満ちていた。リョーマが杖を構えルーモスと唱えると小さな光が森を照らした。一切の光のないここにはそれで十分だった。
「それにしても先輩たちには処罰なしとはね。」
「あの人たちが来たのはグリムソンの指示でしょ。きっと私たちが勝手に落ちたとでも処理されてる。」
枯れ木を踏み鳴らしながら二人は木々の間を進んだ。しばらく進むと水音が聞こえた。泉が近いのだろう。しかし同時に別の音も近付いてきた。硬く無数の足音。ケンタウルスの群れだった。
彼らは弓を手にリョーマと名前を囲んだ。群れの先頭のケンタウルスが温度のない声で言った。
「人間が森に入ることは禁じられている。去れ。」
名前は目を細めた。苛立ちである。湖での屈辱、野蛮な姿の同族、理不尽な懲罰。何より、またリョーマを巻き込んでしまった。
「…邪魔しないでよ。」
そう吐き捨て、名前は自棄を起こしたように「魅了」を解き放った。全快ではない。まだ全ては戻らない燻ったそれを、目の前の立ちはだかる彼らに衝動的にぶつけた。森の深い闇の中でサファイアグレーの瞳がけたたましく光り、ケンタウルスたちの動きが縛られたように止まった。
「やめろ…!」
リョーマの声だった。それは行手をはばむ半獣ではなく名前に向けられていた。足を踏み出した名前をリョーマは引き止め、咄嗟に魅了を放つその目を塞いだ。
「…!どうして止める。」
「使ったらだめだ。」
「君が決めることではない。」
「でも、」
「これは私の力だ!どう使うかは、私が決める…!」
森に沈黙が響き、リョーマの手の下で閉じた目から涙が溢れた。蹄の音が遠退く。ケンタウルスの群れが去っていったのだろう。
「…でもやっぱり、そんなふうに人に向けるのは、あんたらしくないよ。」
リョーマは困惑を浮かべ、それでいて咎めるようにそう言った。名前は居心地悪く歯を食い締めて言い返した。
「君はケンタウルスのことも人って言うの?」
言葉狩りだ。分かっている。リョーマは一瞬黙った。目を塞いでいた手が緩まり、ゆっくりと離れた。
「うん。あんたのことも、俺のことも、俺はそう呼びたいよ。」
彼の声は静かだった。振り返ればその琥珀色の瞳が光源のない森に浮かぶように揺れていた。
泉はケンタウルスの群れがいた場所の先にあった。
泉に近付き、小さなガラス瓶に水を汲んだ。リョーマは手を伸ばし「持つよ」と小さく言ったが、名前は黙ってそれを運んだ。そんなことで後ろめたさが消えるわけではない。それでもそうする他に名前はどうすればいいのか分からなかった。
森の奥から風が吹き、木々がざわめいた。
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