セイラルの唄
天文学


名前は一人、望遠鏡を抱え天文台の塔を登っていた。日は既に落ちており、雲の晴れた静かな夜だった。天文学の授業は夜に行われる。選択科目なので受講者が少ないのを名前は気に入っていた。

階段を登るまばらな足跡の中に、一つ早足に駆け上がってくる音が聞こえる。振り返らずともそれがリョーマであることは名前はなんとなく分かっていたが、足を止めずに教室を目指した。リョーマはすぐに追いついて不服そうに言った。

「一人で行かないでよ。」
「一人で行けるよ。」
「一人になってほしくないって言ってんの。」

心配からそう言ってくれているのだ。リョーマの優しさに素直に感謝もできない自分が情けなくなる。教室に着くなり名前は黙って望遠鏡を組み立てた。
ノーランド教授が低い声で説明を始めた。

「今夜はプレアデス星群を観測します。複数の星が集まり寄り添うその様子は世界中の様々な詩に詠まれてきました。乙女の群れ、六つら星、妖精の腰鈴なんて呼ばれ方もしますね。よく観察しその力を感じなさい。」

指示を受け名前も望遠鏡を覗いた。青白い星の群れを捉え、照準を合わせた。空気は冷えるが風は穏やかだ。生徒たちが星図を捲る紙の音と、望遠鏡の三脚が床をする音だけが響く。あっという間に時間は過ぎた。




授業が終わり生徒たちが塔を降りる中、名前は一人教室に残った。特に今日は天気が良く、肉眼でも星がよく見える。足を止めて空を見ていると、リョーマが後ろにいることに気付いた。

「…何?君は帰らないの?」
「星が綺麗だから。あんたもそうでしょ。」

視線もやらずに尋ねればリョーマは小さく答えた。名前は窓枠に寄り、冷えた石の腰壁に手を置いた。冷たくも穏やかな風がシルバーブロンドの髪を軽く揺らす。しばらく沈黙が続いた。名前はプレアデス星群をもう一度見上げた。青みがかった星群の隣で輝く暖色の星は牡牛座の一等星で、確かアルデバランだったか。見上げた空には名前の知らない星が無数に輝いて瞳に反射する。美しい。ふと耳の奥でいつかの波の音と旋律が聞こえた気がした。息をつけば無意識に魅了が溢れそうになって、名前は静かに目を閉じた。

リョーマはその横顔を見てぽつりと呟いた。

「あんたの目、星みたいだよね。」

名前は息を吐いた。

「勝手に光ってるだけだ。」

リョーマは隣に並び、同じく空を見上げた。
黒い湖での出来事を思い出す。西日を映して煌めいたリョーマの琥珀色。

「戻ろう。寒くなってきた。」

リョーマは名前の望遠鏡をも担いで歩き出した。それを引き止め、名前は代わりにリョーマの教材を引き取った。

「いいのに。」
「私だって、自分で持てたから。」
「そうだね。じゃあそれは任せる。」

最後にもう一度星空を見上げ、二人は塔を降りた。




≪前 | 次≫
←main