Chapter10 〜予兆〜

「ほら、行くぞ」
この時間ならと、隊長羽織を脱いだだけの冬獅郎と、瀞霊廷の甘味処へと向かう。
前に白哉と来た時よりは死覇装の姿が目立って、首を傾げていると、もうすぐ定刻だからな、と声が降ってきた。
「夕方になるとこんなに違うんだね」
「そもそも此処は死神の為に造られた様なもんだからな」
そう言って私の手を取る彼は、羽織を羽織ってなくともその色彩で十分に目立つのだけれど。
今更かと思ってそのまま手を引かれる私は、大分此方に馴染んだ様で。
少し苦笑する。
途中飲み屋で乱菊の姿を見つけたものの、冬獅郎は完全無視で。
指摘すると機嫌が悪くなる気がしたので放って置いた。
甘味処に入って、羊羹と餡蜜を頼むと、彼は心太を頼んでいて。
最近あまり甘い物を食べなくなったなとふと思い出す。
「冬獅郎、甘いの苦手になった?」
「…苦手ってほどじゃねぇが…此処最近食べたいとは思わなくなったな」
味覚が変わったのは、多分私が魂魄安定させて身体の成長を促したからなんだろうな、なんて視線を落とすと、くいっと顎を掴まれて顔を上げさせられる。
「余計な事考えてるだろ」
「う…読心術反対」
「読んでねぇ。お前顔に出易いんだよ」
真っ直ぐ見据えてくる翡翠の瞳に、少し躊躇ってから口を開く。
「身体とか好みとか、変わった事後悔してない?」
「誰がするかよ。お陰で戦闘で力負けしなくなったし、霊圧も上がった。寧ろ感謝してる」
「なら、良いんだけど…」
「あの…」
不意に声を掛けられて、困った様なその空気に、そう言えば顎掴まれたままだったと思い出す。
冬獅郎が慌てて手を離せば、看板娘は営業スマイルを浮かべて、盆に乗っていた品を置いて一礼して去っていった。
一口食べてから、私は目を瞬かせて匙を止める。
冬獅郎の前の心太が入った器に手を翳して、天照の浄化の光を浴びせた。
「…玲」
「平気。私には効かないから」
もう既に内側にいる天照が解毒している。
毒自体も、殺意が篭ったようなものじゃ無い。
只、身体の何処かに異変をきたす程度の物。
それでも、飲食店で毒を盛られたとあっては瀞霊廷の沽券に関わる。
ふぅ、と溜息を吐いた冬獅郎が、視線でどうすると問うてくる。
「…取り敢えず、出よっか」
金額を計算して、机にお金を置いて、外に出る。
彼は支払いする事に目を丸くしていたが、黙って付いてきてくれた。
「良いのか?」
「うん、毒って言っても多分胃腸に異変が現れる程度の物だったし。見た限り、他に被害者も居なさそうだし」
「そう言う問題じゃねぇだろ」
「多分あの娘の独断。嫉妬、かな?」
「何でそんな冷静なんだよ」
普段より低い声に足を止める。
「冬獅郎も…えっと…」
言いかけた言葉は、飲み込まざる得なかった。
だって、霊圧が膨れ上がって、冷気が暴走して。
周りの人が恐怖と寒さに震えてるんだから。
「取り敢えず落ち着こ?」
今にも凍り出しそうな其処から彼を連れ出す。
冷静だと思っていた冬獅郎は、相手が一般人じゃなくて死神だったなら、今すぐ殺しに行きそうな程怒っていた。
近場の公園に連れ込んで、彼を抱き締めて落ち着かせる。
ぎゅっと回された腕は、震えていた。
「冬獅郎。私はそんなに柔じゃないよ。毒なんかじゃ死なないから、ね?」
「…俺の所為だろ?毒盛られたの」
「さぁ…そんなの本人に聞かなきゃ分かんないよ」
ふと彼が腕を解いて顔を上げた。
そんな彼の目は据わっていて。
近付いてくる霊圧に、私は嫌な予感しかしない。
「隊長!」
「松本、これを技局に回せ。それと、飛鳥堂って甘味屋を調べさせろ」
「あ、こら!冬獅郎!」
彼が取り出したのは餡蜜を包んだ白い包みで。
飛鳥堂はさっきの甘味屋の名前だ。
「え?説明して下さいよ。隊長の霊圧が上がったから、虚でも出たのかと…」
「玲が毒を盛られた。その甘味屋でだ」
「あ、成る程。分かりました。玲、大丈夫なの?」
簡単に納得し、包みを受け取った乱菊に私は肩を落とす。
「うん、大丈夫だけど…。乱菊、突っ込まないのね?」
「隊長が怒るなんて貴女に何かあった時ぐらいのものでしょう。それに、毒を盛るような飲食店、瀞霊廷に置いとけないわ」
確かにそうなのかもしれないけれど。
もう行かなきゃ良いだけなのに、なんて思う私は甘いんだろうか。
瞬歩で去った乱菊を見送って、少し複雑な気分になる。
「…晩飯、部屋で作るか」
「そうだね」
抱いた不信感はすぐに消えるものではない。
毒を盛られたのが私だったから何もなかったけれど、もし冬獅郎だったら大事になっていたのだ。
そう思うと、彼等の判断は正しいのだろう。
ちゃっかり証拠まで取ってきていた冬獅郎には驚いたけれど。
近くの八百屋で野菜を買い、精肉店でお肉を買って。
私達は部屋へ戻った。
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