Chapter15 〜胎動〜

「此処に、いらっしゃいましたか。瑞稀玲さん。話は夜一さんから聞いています。少し、お時間頂けませんか」
下駄に帽子、年齢に似合わないステッキの様な杖。
それが斬魄刀である事は、彼と深い関わりのある人物しか知らないだろう。
「浦原、喜助、か…。そろそろ来ると思ってた」
「怖いっすねぇ…。それも世界の情報とやらで?」
目深に被った帽子の淵から、鋭い瞳が覗く。
理外から外れた存在を、警戒するかの様に。
「まぁ…私が此処に来てる事は把握してるだろうと思っただけなんだけど」
「そっすか。なら、私と彼等の関係も御見通しって訳っすねぇ」
鷹揚な口調とは裏腹に、有無を言わせない瞳。
今日はストレスが多いなと、一人溜息を吐いた。
浦原商店にて。
握菱鉄裁が出してくれたお茶と菓子の前で、私は夜一に押し倒されていた。
「ちょっ…夜一!やめっ…ひゃんっ」
「おぉ、お主、相変わらず良い声で啼くのぉ。離してやれぬではないか」
「っーいい加減にっ!しなさいっ!」
ばちんと霊力を弾けさせると、衝撃で吹き飛ばされて、少し焦げた手を振る彼女。
後悔はしない。
もう私にとってこの男女は危険人物だ。
「痛いではないか」
「夜一が悪いっ!もう知らない!」
ふんと顔を背けると、猫の様に背後から擦り寄ってくる彼女。
「そんな冷たい事言わんでくれ。お主が可愛過ぎるからつい…」
「つい、じゃない。今度やったら、夜一専用の結界創るからね」
「それは困る。お主に触れられぬではないか」
「その為に創るんだから当たり前でしょ?」
ぎゅうぅと背後から抱き締められる形のまま、溜息を吐いて、浦原を見遣る。
「で、なんの用だった?」
もう振り払う気にもなれず、擦り寄ってくる夜一を適当にあしらいながら、話を促す。
けれど、浦原は呆然と猫化している夜一を見つめていて。
暫く戻って来そうにない。
「帰るよ?」
その言葉で漸くはっと顔をあげた彼は、ぱっと頭を下げた。
「ま、待って下さい。実は、山本総隊長から、僕の所に依頼がありまして」
「黒腔の開口及び安定とこの街で隊長格の戦闘可能準備を整える事、でしょ?」
「はは…流石っす。で、それが最短で一月程掛かりそうなんすよ。でも貴女は相手がもういつ仕掛けてきてもおかしく無いと言った」
帽子を取り、胸の前に充てがう彼の鋭い瞳は亜麻色で。
綺麗だなと素直に思う。
「そうね。恐らく、間に合わない」
「そこで!地下の勉強部屋に掛かってる時間調整をこの店全体に掛けて頂けないかと思いまして」
さらりと告げるこの男は、私が何をしたかも把握してしているらしい。
「良いけど…そうね、貸しにしてあげる」
「おやまぁ。それって私に利用価値があると認めて下さったって事っすか?」
何処と無く照れた様に笑う浦原に、会った時の様な険悪な雰囲気はもう無い。
夜一がこんな状態だから、警戒し続けるのも無理があるのか…それとも、得意の演技か。
「まぁ、ね。で?どれだけ時軸を弄れば良い?」
「どれだけ弄って貰えれば間に合うっすか?」
この男は、次の襲撃が何時なのか、私が知っている事を見抜いているんだろうか。
「さぁ、ね?何なら、一秒を一日にでもしてあげましょうか」
「いやいやいや!それはやり過ぎっすよ?そんな事したら普通の魂魄の僕等狂っちゃいますって!」
「あら、それ位は分かるのね」
「酷いっすよ!今肯定したら本気でやるつもりだったんじゃ無いっすか?!」
「皆は可哀想だから、貴方の周りの時間だけ加速させてあげようかと」
「それすっごい身体に負荷掛かりますよね?!やった事なくても分かるっすよ?!」
「普通の魂魄なら十秒も経てば消炭かな」
「殺す気っすか!」
そんな無駄な掛け合いの後、私は少し疲れて息を吐く。
「溜息吐きたいの僕っすから!」
何かまだ叫んでいる浦原を放置して、空間を固定し、内部と外部の時の流れを変える。
死神と、それに準ずる魂魄が耐えられる時空の歪みは一時間を一日に感じさせるまでが限度。
それを越えれば、魂魄が時の歪みに付いて行けずに消滅する。
私の様な、神力を宿す者は別にして。
- 237 -
<*前><次#>
栞を挿む
ALICE+