物心つく頃には女を売る店にいた。
街でもそこそこの娼館。
幼少の頃より美しく、そして勝気だったジャスレイはよく店の姉達に手を上げられていた。生意気だと。
気の強さを落とし込んだ表情、意思の強い瞳、固く一文字に結ばれた唇。気に食わない目をしたガキだと、店の女達から粗雑に扱われていた。これは妬みによるものだ。女達はやがてとびきりの女になるだろう幼いジャスレイに嫉妬していた。
やがてそんな状況に嫌気が差し、ジャスレイは店の金を盗んで飛び出した。金庫に入っている売り上げとは別に、小口の現金が鍵のかかっていない引き出しに入っている。彼女はそのことを知っていた。
当てもなく木星の町を移動する。手持ちの金がつきれば盗みを繰り返し、日々の飢えを満たす。
そうしていつの日にか、ジャスレイはマクマードと出会った。きっかけは彼女がマクマードの財布を掠め取ろうと近づいたからだ。
当然、盗みは失敗した。わざとマクマードにぶつかり、その懐に手を入れる前に周囲の男達に止められたからだ。慢心が彼女の油断を招いた。
地面に押さえつけられ、腕を捻り上げられる。子供だと容赦しない手荒な動き。ジャスレイの頬が地面に擦りつけられる。
体格の良い成人男性相手に、少しばかり腕の立つただの少女が抵抗できるわけもなく。もがく手足もやがて力を失ったが、少女の目だけは強い意思を宿したまま、諦めてなどいなかった。必ず、逃げ出せるチャンスを見つけてやるぞと。少しも揺らがないまま、真っ直ぐな眼差しで男達の一挙手一投足を観察していた。
その強い意思を宿す瞳をマクマードは気に入った。こいつは化けると。
食事を与え、ボロを纏う身を綺麗にし、暖かな寝床を提供する。そして教育を。
マクマードがジャスレイに与えたのはチャンスだ。あとは、生かすも殺すも彼女次第。そうしてジャスレイは伸し上がった。マクマードの右腕になるまでに。
恩返しがいつしか彼女の生きる目的になった。全ては敬愛するマクマードとテイワズのために。この身を粉にすることも厭わない。それが彼女の信念だ。
「なぜ私の指示を仰がず、独断で動いた」
JPTトラストの社長室でジャスレイは静かな怒りに震えていた。その眼差しは凍てつくように冷たい。
「っ社長!ですが、このままでは名瀬の奴にいい顔させるばかりではないですか!」
私は社長のためを思って…と続ける部下を、彼女はひと睨みで黙らせる。
「二度、言わせるな。なぜ貴様は独断で動いた。私はそのような指示を出したか?」
「社長!!」
ぎしり、と音を立て、革張りの高級な椅子に背中を預ける。出るのは溜息だ。
確かにジャスレイは部下に指示を出していた。鉄華団、ひいては名瀬の動向を探るようにと。だがそれは、何もギャラルホルンに情報をリークするためではない。
そもそも彼女は、JPTトラストとセブンスターズが一家門であるクジャン家との今後の関係について検討している最中であった。お互い分をわきまえた良好な関係を築けていたのは先代の当主とだからだ。現在の当主であるイオク・クジャンとの関係については様子見の最中であった。それを―――だ。
ジャスレイが何よりも優先するのはテイワズの利益だ。テイワズ、そしてマクマードの不利益になるようなことはしない。
名瀬率いるタービンズの弟分組織である鉄華団がマクギリス・ファリドと手を組むというなら、ジャスレイは政敵であるラスタル・エリオンと手を組む。どちらの陣営がギャラルホルンのトップに立ったとしても、テイワズ本体としてはうまみを得ることができるからだ。
そのため、ジャスレイはJPTトラストとクジャン家との繋がりを維持するつもりではあった。が、マクギリス・ファリドが秘密裏に火星に赴く、という手厚い贈り物をしてやる、そこまでの気はなかった。
名瀬に対する諸々の思いはある。それは彼女の部下も知っていることだ。だがそれと今回のこととは違う。
ビジネスに私情は挟まない。ジャスレイにはその分別はある。これは彼女の矜持だ。
怒りと疲労から凝り固まった眉間を指で解す。過ぎてしまったことは仕方がない。考えろ。次の手を。部下の暴走を許してしまった責任は彼女にもある。
まずはテイワズの代表であるマクマードに経緯を報告するために、通信用タブレットを起動した。