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目の前で悟があんみつを食べている。それはもう美味しそうに食べている。
じーっと見てると、どうだ羨ましいだろうなんて顔をして、思わず唾をかけそうになった。
あんまりにも美味しそうだったから、私もあんみつを注文して一口食べたけどダメだった。吐きかけて、さすがにここでやっちゃうのは悪いから、無理やり飲んだ。気持ち悪い。
悟は「ラッキー」だなんて、私のあんみつを取り上げて、今そのあんみつに、口をつけた。

「美味しい?」
「美味しいよ」

悟は、観光だからなのかいつもの黒子衣装みたいなのは着てなくて、目隠しの包帯もサングラスに変えていて、でも相変わらず黒いカットソーと黒いパンツ。全身黒ずくめ。けどいつもの格好とは違って、悟の首筋が、鎖骨が、細身の体が、長い手足が、それはもうものすごくエロくて
あなたの方が美味しそうですけどね。
と、思わず唾を飲んだ。
いやそれにしても、悟はよく目立つ。頭の毛もすげえ色だから当然だし、スタイルも信じられない良いし、サングラスをかけててもよく分かる、端正な顔立ち。
周りからは私たちの関係を探られていることだろう。
恋人同士か?それにしては釣り合わない。
兄妹か?それにしては似ていない。
友達か?それにしては年が離れている。
女からも男からも、子どもからも老人からも視線が。
ちょっとお出かけするだけでも、こんなに見られてさぞ疲れるだろうな。少し可哀想に思えた。

「悟。ついてるよ」
「ん?」

口の横に着いていたあんこを手で救って、その指をそのまま自分の口に入れた。
周りが少しざわっとする。どうだ見たか。兄妹でも友達でもこんなことしねーぞ、どうだ見たか。
ともう二度と会うこともなさそうな他人にマウントとって少し優越感。
悟にはお見通しで「しょうもないなあ」と笑われた。

「次どこ行こっか」
「清水寺!」
「よし、行こう」

手を繋いでくれる。嬉しくて握り返す。
まるで恋人同士みたいだ。どうだ見たか。と振り向いて悔しそうな女たちに向けて、笑ってやった。
まじで気分が良かった。

「ねえ、悟。この案件どうして私に回ってきたの?」
「え、いやあ、なんか京都校の生徒はほとんど出払ってたらしくて人数足りないって」
「でも東堂先輩だけでよくなかった?」
「…、まあ呪霊操術って結構珍しいからね、寧々子の手持ちにしてもらいたかったってのが、本音」

あ、また思い出してる。傑のこと。
寂しそうな顔をしている時は大体そうだ。

「あ、悟!あそこみたい!」
「え?ああ、いいよ。お土産?」

道中で見つけた和雑貨のお店。いかにも京都らしいってもんで、せっかくだから見てみたかった。
巾着や、扇子、お箸とか、外国人観光客が喜びそうなお店だ。
真希ちゃんとかこんなの今更かな。

「これとかいいんじゃなーい!?」

と悟が持ってきたのは妖怪みたいなのが人の首持ってる悪趣味なプリントの手ぬぐい。なんだろ、こういうのがクールジャパンというのだろうか。多分違う。

「悟ほしいの?」
「え、いらない」
「いらないものを勧めるな。なんだ、欲しいんだったらプレゼントしようと思ったのに」

悟とちらりと見ると悟はいつものようなお調子者のテンションで、「ええ!?」と驚いてくれた。

「プレゼント?寧々子が、僕に?」
「うん、今まで迷惑かけたしねー。お礼する」
「へー、そうか、大きくなったなあ」
「おじさんか」

そりゃ私が多分4、5歳くらいから見てるもんな。そりゃあそう思うよね。
また年の差を見せつけられるというか、思い知らされるというか、胸が鈍く痛んだ。

「そろそろ、悟離れしないとねー」

根付を手に取り、光に翳してみる。鈴が付いていて、綺麗な音が鳴った。
真希ちゃんが着物を着ているところは見たことないけど、禪院家にいたのなら、きっと毎日のように着ていただろう。似合うだろうな、着物姿。まだ見ぬその姿に、この根付を帯に下げているのを想像する。うん、いいかも。

「あとパンダは巾着でいいや。棘はー、柄マスクとか?憂太はーー…」
「僕はこれ」

横から伸びてきたのはキーホルダー。木彫りで、ぷっくりした形の鳥のキャラ。なんだ、もっと高いのでもいいのに?遠慮でもしてんのか。

「ふくら雀。なんか寧々子に似てる」
「え!?私って悟からだとこんな風に見えてるの?」
「ふっ、似てる。やっぱり似てるよ」

えー、そうか。このデブな雀に見えてんのか私は。それはムラムラされたら困っちゃうよなあ。と妙に納得してしまった。
そうかそうか、もうそれならどうしようもないな。

「じゃあ悟にはこの私そっくりな雀ちゃんをプレゼントしましょうね。見る度私を思い出すね〜」
「うん、思い出すよ」

また胸が痛む。なんだ、私ってば狭心症にでもなったんか。
私を思い出すようなものを貰ってどうする。親心か。いや、教師として?もう分かんないな。

「きみ、一人なの?」

悟が超有名なスイーツのお店の行列に並んでいて、私もお土産見たかったかフラフラ別行動していた頃、男の人に声をかけられた。いかにも、な見た目の人じゃなくて、わりと真面目そうなタイプの人。

「えっと、今たまたま別行動してて」
「観光?見ない制服だね。」
「東京の学校から…」
「えー!俺も出身東京!」

奇遇だね!とそんなことしそうにも無いこの青年は私の肩を抱く。
あ、これナンパか、とわかったのはその時だった。

「ねえ、俺も結構東京戻るしさ、連絡先交換しようよ」
「いやいらない」
「まあそう言わずに」
「ねえ人の連れに何してんの?」

もう本当に見計らって来てんのか?て思うのがこの五条悟だよね。
その高身長と、ルックスに男はそそくさと逃げていく。見た目で悟に敵う男なんてこの世に存在するんだろうか。

「なにナンパされてんの?」
「私って結構可愛いらしいよ」

それは渋谷でも検証済みだった。私はまあまあ可愛いらしいので、いけると思った男たちは寄ってくる。あと多分尻が軽いと思われてる。多分間違いない。

「こんなガキどこがいいのかねー」
「いやだから可愛いから口説きたいんだって」
「どうだかなー。んじゃ、もう時間だから帰るよ」

悟に手を握られて、私も大人しくついて行く。
一通り観光を終えて、京都駅。清水寺はすごかったなあ。テレビで見たあの場所に自分が立ってるなんてなんかすごくドキドキしたな。
楽しかった。多分悟がいたから、余計に楽しかった。

はぐれちゃいけないからとずっと繋いでてくれた手は、新幹線の中でも、悟は手を離さなかった。くだらない話をしながら、土産にと買った生八つ橋をつまんだりして、ずっと手は繋いだまま。
別に嫌じゃなかったし、悟も別に気にしてない感じだったから、なんとなく、ずっと繋いでいた。
新幹線を降りてからは伊地知が迎えに来てくれていて、改札を出る前に手を離した。
ずっと繋いでたから汗ばんでいて、熱が一気に外へ逃げていくのがわかった。