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おなかがなっている。
夢の中でもおなかがなっている。
グルグルグルグルとうるさくて、喧しいなと思ったら突然顔面に衝撃が走った。

「っったぁ!!」
「起きた」

目を開けた瞬間とびこんできたのはパンダのおおきくてふわふわな肉球、とちょこっと飛び出した爪。
なにが起こったか分からなくて条件反射でパンダの鼻に向かって拳を突き当てた。痛くも痒くもなさそうだった。当たり前だ、呪骸だもん。

「なんかうなされてたぞ」
「え、うそ、なんの夢見てたっけ…」

思い出せない。なんかうるさいな〜と思った記憶はあるんだけど、と起き上がると、ぐうううとおなかが鳴った。ああ、この音だったや。
パンダの部屋にこっそりストックしてる血液シャーベット(血凍らしただけ)を取り出してしゃくしゃく食べていく。朝はこれに限るね。
パンダはそんなものが自分の部屋の冷凍庫にあったことなんて知らなかったのか、「なに勝手に置いてんの?」と怒った。お前別に何も食べなくてもいいのにむしろなんで冷蔵庫あんの?

「高菜〜」

コンコンと部屋を叩く音。パンダが反射的に「どうぞー」と言って、扉が控えめに開く。

「おかか!」

その扉はすぐに閉ざされた。理由は簡単だ。私は寝る時極力布を纏いたくないという理由でキャミソールとパンツ一丁の姿をしているからだ。
パンダは「あ、ごめん」と大したことでもなさそうに私を見た。
このパンダちゃん。いい加減、人間が恥ずかしい格好とかそういうのを理解してくれよ。
すぐにニットのワンピースを着て今度は私が扉を開ける。
なんか土下座してる棘の姿がそこにあった。

「ご、ごめん棘…」
「俺のせいなの?寧々子がそんな格好で寝るのが悪いんじゃん」
「パンダはあれ見てもなんとも思わないから私はあんたの前であの格好ができるんだよ?」
「人間って本当にめんどくさいな〜」

俺みたいに何も着なければいいんじゃね?とかふざけたことを抜かすから、もふもふの頭にゲンコツをお見舞いしてやった。相変わらず屁でもなさそうだった。
でも今回の一件、私にも非がある。なんせ棘をここに呼んだのは紛れもない私だからだ。

「こんぶ」

向かい合った状態で、顔を赤くしてまるで「ごめん」と言ってるみたいに俯いてしまっている棘。か、かわいいな、やっぱりどストライクである。

「あのね、私、棘のこと今まで避けてきたけどやめようと思って」
「…ツナ?」
「私といっぱいおしゃべりして欲しいの」

明太子克服レッスンだ。
いつまでも明太子を恐れて棘を避けてちゃいかんだろ、ということで、パンダ立合いのもと棘と真っ向勝負と行こうじゃないかというわけだ。
じっと棘の目をみるとすぐに逸らされた。少しショック。

「えっと、私はね、少しそのー、その、えーと」
「おにぎりが苦手なんだろ」
「そう!おにぎりが苦手なの!」

人の肉以外体が受け付けないのと言うわけにはいかないので言い淀んでいるとパンダからの助け舟。でもやっぱりおにぎりが苦手ってどういうこっちゃねん、棘は不思議そうに、首を傾げた。

「しゃけ」
「うん、しゃけ」
「ツナ」
「ツナツナ」
「ツナマヨ…」
「マヨだね」

何の話かわからんけど、今のところ食べたことない具だからオッケーだ。
私が食べたことのあるおにぎりの具は3種類
うめ
いくら
明太子
以上3種類。さて、いつ来るか。

「明太子!」
「ん゛んっ」

と思ったらいきなり真打ち登場。おっさんが痰を捻り出すみたいな声出た。最近明太子のこと考える練習してたから、なんとか吐き気をこらえる事ができる。慣れだ。
なんで明太子がそんなにダメかって、それは明太子を好きな人にすごく申し訳ないけど臓器みたいで食べやすそーと思ってまるまる齧ったのが原因だ。
舌は痛いわ味はすげえわで1週間くらい寝込んで吐つづけるほど体調を崩した。多分思いっきり口に含んだせいだと思うけど。
それがとんでもなく辛くて。辛すぎて。明太子が恐怖の対象へとなった瞬間だった。
思い出してちょっと涙が出てきた。
目にいっぱい涙をためて少しぼやけた視界で棘を見ると、明らかに動揺してて、パンダがすかさずフォローにはいる。

「め、めんたいこ」

へら、と笑うと涙がポロッと落ちる。それが頬をつたう前に棘は人差し指で私の涙を掬いとった。
驚いて目を見開くと、棘も三白眼を揺らした。
パンダが笑う。薄笑い。にやにやと。

「俺おじゃま?」

今わりとマジで邪魔かも。
その言葉は言わなかったが、なんとか私は明太子を克服できた気がした。
でもそのあとのいくらで普通に吐いた。