15

それは掃除の時間の時。

「しゃけ、おかか、たかな、つなまよ」
「なに棘の真似してんだ?馬鹿にしてんのか?」
「違うよ!棘の言葉を理解する練習!」

なんてことを言うの真希ちゃん!と持ってた竹箒を地面へ叩く。しなってしなって何度も叩けるものではなかった。

「お前棘のことめっちゃ避けてたじゃん。本格的に狙うのか?」
「そういうわけじゃないけど、ちょっとおにぎりの具には嫌な思い出がありすぎてね…」

ふーん。と真希ちゃんは持ってたパックのジュースを一口飲んだ。そして、ああ、となんか全部繋がったぞ、理解したぞ、て顔して

「お前血しか飲めないもんな」

けろっと言った。
思わず持っていた箒を落とす。カランカランと可愛い音をたてたそれを、私は驚きのあまり拾えない。

「え?」
「こないだも悟のとこから出てくる時持ってたし」
「…え?」
「多分棘にもバレてるぞ」
「……え」

手のひらで顔を覆い隠す。
バレていた?いつから?真希ちゃんも棘も知っている?なんで?
指の隙間から真希ちゃんを見ると、不思議そうに、私の顔をのぞいている。
私のことを、見ている。

「どうかしたーーー…」
「ご、ごめん!」

なにがごめんかは自分でも分からない。走って逃げる。
待ってくれ理解ができない、いつからどうしてバレていた?私が血を飲むところみんなには見せたことないのになんでバレた?
私が屍鬼に呪われてるってことも、みんな知ってたってこと?
途端に涙が出てきた。悲しいのか辛いのかもよくわからない。バタバタとうるさく廊下を走り、途中、悟とすれ違ったが挨拶もせずに走り抜けた。
自室に戻るとすぐ鍵を閉めて、制服のままなのもお構い無しにベッドに潜り込んで泣いた。
人間でいたかった。
真希ちゃんの目にも、棘の目にも、憂太の目にも私は人間として映して欲しかった。
決して人の肉を食べる呪いだなんて、思われたくなかった。
真希ちゃんからの様子を見て、別にそんなこと屁とも思ってなさそうな感じだった。軽蔑していたわけじゃない。わかってはいるんだけど、私は彼らの前では至って普通の人間なんだと思える時間が私にはすごく貴重で尊い時間だったんだ。

「もうだめだ…くそ呪い…くそ…くそ…」

こんなに泣いてしまっては腹も減る。まったくそんな気分ではないというのにぐるると腹が鳴り、私はむくりと起き上がると冷蔵庫に入ってた誰のものなのかも分からない血を、啜って飲んだ。

「寧々子」

ノックをする音。そして聞き馴染みのある声。
大方泣いていたから心配してきたんだろう。自称生徒思いのナイスガイだから。

「真希から聞いたよ。血飲んでることバレたんだって?」
「…。」
「だからなに?て感じだったよ。きみが肉を食べていたことまでは知らなかったみたいだ」

もう今更だから、全部説明したよ。棘にも、憂太にも。
そう言われて、一層絶望した。もうあかん、みんなに合わせる顔がない。

「出ておいでよ」

出られるもんか。こんな時だって私は血を啜り飲んでいる。私はもう人間なんかじゃないよ、呪霊だ。誰か祓ってくれ。害悪なんだ私は。

「寧々子。入るよ」

鍵を閉めたはずなのに、悟はいとも簡単に壊して扉を開けた。
いつもは綺麗にストローとか管で飲んでる血も、めんどくさくて袋に穴開けてそこからだらしなく飲んでいたから口の周りは血でいっぱいで、床にも勿体なくだらだらと零れていた。

「酷い顔」

その姿を見て悟は苦笑する。
見ないで。と私は必死に顔を隠した。
もう誰も私の事なんて見ないで欲しい。だって私のこと呪いだって思うでしょ。 そんな風に見ないで欲しい。
悟はグイグイと自分の服の袖で雑に私の顔をぬぐって、その逆の手で私の頭を撫でる。

「寧々子は寧々子だよ。真希も棘も気にしてない。憂太もね」
「でも…」
「いつだって自分のことを人間だと認めてないのは、寧々子だけだよ」

そんなこと言ったって。
そんなこと言ったって事実なんだもん。
私は人の肉が主食の呪われた子だし、呪いが体を巣食ってるし、いつか屍鬼に自分を乗っ取られるんじゃないかって怯えてる。

「夢、みるの…」
「どんな?」
「みんなが私を見てるの…。そのみんなの目に映ってる私はね、鬼の姿をしているの…」
「そんなことないよ。ただの夢だ」
「見てほしくないの…。やだ、もう死にたい…」
「またメンヘラみたいな事言う」

その言葉にカチンときて、私は傍にあった箱のティッシュを悟に投げつける。危険度の低いそれならはじかれず、悟の額に当たる。

「うるさいな!メンヘラだよ!こじらせてんだよ!!わかってるならほっとけ!女の子の部屋に入ってくんじゃねえ!!」

私の呪霊の中で一番の力持ちを悟にぶつけるが、案の定効果はない。
無駄な事だとは理解してるけど、気持ちがどうにも忙しく、脳は言うことを聞いてくれない。

思い出す。あの時。
色んな大人に囲まれて、私を殺すかどうかを話し合うの。
危険だと言う人もいれば、呪われているだけでただの子どもだと言う人もいる。
私を殺すという人もいれば、呪術師として使えるという人もいる。
両手両足をしばられている状態で、私は震えながらその大人たちの顔を見ていた。

「俺が面倒見る」

そう言って私を抱き上げたのは悟。
すごくあったかくて、いい匂いがしたのを覚えてる。

「俺がこいつ、使えるようにしてやるよ」

私の拘束をとき、私はクラッチバッグかってくらいの酷い持ち方をされ、私はその不気味な大人だらけの部屋を出ていく。
悟が「めんどくせーなー」って本当に心底面倒くさそうに頭をかいていて、そんなに面倒なら殺しゃいいのに、と思ってたら何見てんだよ、と怒られた。


「悟が面倒見るって言ったのに」
「見てるじゃん。ほら、まだ顔汚れてるよ」
「じゃあもう大失敗だよ。こんなクソガキに育ったんだから」
「でも寧々子はもう1級術師じゃん。僕、ちょー頑張ったよ」
「反転術式も呪霊操術も悟から教わってないもん…」
「その基本の基本を教えてたんでしょーが」

ぐりぐりとまた私の顔を乱暴にふいて、顔が痛くなってきた。肌荒れしたらこいつのせいだ、と思いながらも私はそれを拒むことは出来ない。

「寧々子。きみは屍鬼に育てられて肉体そのものをもう改造されている。きみが人の肉以外食べられないように。その事実は変わらない」
「…、」
「でもきみはもう十数年肉を食べていないし、見た目も人間の女の子そのものだ。きみは強い」
「…今更そんなこと言われても」
「可愛いよ。寧々子は」

こんな時に、初めてそんなことを言う。

「ほら、可愛い顔が汚れてる」

もう自分でふける?と悟はハンカチを渡してきて、そんなもんがあるんだったら袖で拭く前に渡せ、と悪態をついた。
元気になったね。と悟は頭をぽんぽん撫でる。

「やっぱり私、悟のこと性的な目でしか見れないわ〜…」
「わー襲われないように気をつけなきゃー」
「は?ちゃんと自己処理できるもん」
「20歳まで僕のこと好きだったら抱いてあげるよ」
「まだまだじゃん」

ちぇ、と舌打ちをして、笑う。
自己処理とか女子高生が言うんじゃない。と小突かれた。
いやいや、抱いてあげるよ、とか、それこそ教師が言う言葉じゃないでしょ。と反撃すると、確かにね。と悟は笑う。

改めて、みんなと合流して、私の口から事情を説明した。
別にみんな気にしてなさそうな感じで軽く「そうだったんだー」みたいな反応だったから面をくらってしまった。
棘に関しては「しゃけ」と手のひらをポンと叩き、納得したような素振りをみせた。

「てかなんでバレたの?いつからバレてたの?」
「あん?そりゃお前は気づいてないかもしれねーけど、口めっちゃ血なまぐさいぞ」
「へ…」

アーーヒャヒャヒャ!!!と悟が笑う。
他のみんなも「あー言っちゃったよ」て顔をしている。

「……死ぬわ」

と本気で自害しそうになって、慌ててみんなで止められた。
それから私は食事する際にはすぐ歯磨きをし、口臭タブレットを常備するようになり、常にマスクを装着するようになった。