18

それは寒い日だった。

「なんかちょっと嫌な感じが」

呪力感知がクソザコな憂太が突然言うもんだから、みんな「気のせい、気のせい」とあしらっていたが、それが気のせいじゃないということはすぐに証明された。

「珍しいな」
「憂太の勘が当たった」

バサバサと大きな音を立てて降りてきたのは気持ち悪いほどにでかいペリカンみたいな呪霊と袈裟姿の男。傑だ。

「関係者…じゃねえよな」
「見ない呪いだしな」
「すじこ」
「わ〜でっかい鳥」

一人だけ呑気な人がいるけど他三人は臨戦態勢。
私は見知ったその顔を見れず、地面をただ眺めていた。

「変わらないね、ここは」
「うえ〜夏油様ァ、本当にココ東京ォ?田舎くさァ」

鳥の呪霊の口から続々とあの家族がでてくる。知ってる顔もあれば、知らない顔もある。

「侵入者は憂太さんが許さんぞ」
「こんぶ!!」
「え!?」
「憂太さんに殴られる前にさっさと帰んな!!」
「えぇ!?」

あまり事態を深刻に捉えていない同級生が悪ノリなのか憂太をおちょくりながら突然の来訪者を煽る。
そんなことはお構い無しに傑は憂太へ近づき、手を握る。あまりにも早すぎて、目で追うことすらできなかった。

「初めまして、乙骨憂太くん。私は夏油傑」
「えっあっ、はじめまして」

その一瞬で、恐らく憂太以外は傑が只者ではないことはくらいは気がついただろう。何を考えているのか、初めましてと挨拶をする傑を警戒し、しかし動けずにいる。

「きみはとても素晴らしい力を持っているね。私はね、大いなる力は大いなる目的のために使うべきだと考える。今の世界に疑問はないかい?一般秩序を守るため呪術師が暗躍する世界さ」

呪術師は非術師のために、平穏を、均衡を保つために戦っている。自らの命を差し出して、それに対して何か見返りがあるわけでもない。
呪術師は万年人員不足。なのに殉職する人がたくさんいる。
呪術師の屍の山が、この世の均衡。
呪術師の犠牲でこの世は成り立っている。
なのに非術師は恐ろしく利己主義で、その犠牲なんて気にも止めない。
だからわかるの。傑の気持ち。
私は別に非術師がどうなろうがかまわないし、術師の術師による術師のための世界になったってかまわない。
私だって自分のことだけだから。

「非術師を皆殺しにして、呪術師だけの世界を作るんだ」
「僕の生徒にイカれた思想を吹き込まないでもらおうか」

背後から聞き馴染みのある声。
傑は少年のように「悟ー!久しいねー!」にっこり笑っている。
後ろからは夜蛾もついてきていて、ボキボキ指を鳴らしていて、まさに、な感じで怖い。

「今年の一年は粒ぞろいと聞いたが、なるほど、きみの受け持ちか」

「特級被呪者」
「突然変異呪骸」
「呪言師の末裔」
「屍鬼のお姫様に」
「そして」
「禪院家の落ちこぼれ」
「テメェ」
「発言には気をつけろ。君のような猿は私の世界にはいらないんだから」

明らかな真希ちゃんへの侮蔑。
呪力がなくても真希ちゃんはすごい呪術師だ。じゃなきゃあんなに強いわけない。
ムカついて口を尖らせていると夏油と目が合って、「怒った?」とでも言いたげな表情で、また笑う。
ずっと傑に肩を抱かれていた憂太はそれを振りほどき、「友達を侮辱する人の手伝いは僕にはできない!」と言ってのけ、そうだそうだと心の中で煽る。
また傑は「ごめんね、きみを不快にさせるつもりはなかった」と、さっきと同じ表情で笑った。

「じゃあどういうつもりでここに来た」
「宣戦布告さ」

憂太を庇うように前へ出てきた悟が憂太を背中へ追いやる。
そんな悟におかまいなしに、傑は大声をあげる。

「お集まりの皆々様!耳の穴かっぽじってよーく聞いて頂こう!来る12月24日。日没と同時に我々は百鬼夜行を行う!場所は呪いの坩堝、東京新宿!呪術の聖地、京都!各地に千の呪いを放つ。下す命令はもちろん"鏖殺"だ。地獄絵図を描きたくなければ死力を尽くして止めに来い」

思う存分、呪いあおうじゃないか。
思わず目を見開いた。初めて見るような笑顔だった。まるで悪役、性格悪そうな顔。
空気を読まず双子の菜々子「クレープ屋がしまる!」と喚き出す。家族はそそくさでかい鳥に乗り込み、傑も「そろそろお暇させてもらうよ」と背中を向ける。

「このまま行かせるとでも?」
「やめとけよ、可愛い生徒が、私の間合いだよ」

現れたのは傑の操る十数体の呪霊。そちらに気が逸れたとき、傑からなにかを投げられる。

「寧々子!私の血だよ。この戦が終わったら、直飲みさせてあげるよ」

受け取ったのは血液の入った瓶。香りで傑のものだとわかる。
ポカンとしていると鳥の足につかまった傑がひらひらと手を振り、嵐のように、去っていった。
てか屍鬼のお姫様だって。いつ私にそんな異名がついたのか。ウケる。