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百鬼夜行に備え、私も棘もパンダも先輩たちも新宿に駆り出されたが、傑の狙いに気がついた悟にパンダと棘は高専へ戻されてしまった。
私は!?と言うと寧々子はこっちで引き続き応戦と言われ、頬を膨らましていると「お前知っていたな」と冷たい声で言われ、思わず身震いした。

「知ってたというより、気がついたって感じなのに」

悟に置いていかれ呪霊を祓いながら街を歩いていると二つの影。
あーあ、狙われちゃった。スマホ依存の女の子と、人形抱いてるメンヘラちゃん。
双子の家族である。

「やーーっとあんたのこと殺せるわ」
「吊るしてやる」
「夏油様に気に入られてるからって偉そうにしやがって、このクソビッチ」
「菜々子、下品…。でも、同感」
「はあ?」

この双子ちゃんとは本当にウマが合わないわ。ぼりぼり頭をかいてため息をつくとカンに触ったのかギャルの方が呪力をスマホに込め始める。
あれ、どんな能力か私知らないんだよなあ。
とりあえずカメラとるようなポーズしてるから、被写体にならないようにスマホの画面に映らないよう上へ飛び上がる。
私の呪霊の中で1番スピードの早い子に出てきてもらい背中に乗る。なんとこの子は浮遊も可能。
そのまま二人の後ろへ回り込むとロープが飛んできたから呪力で吹き飛ばした。

「ちっ!美々子!」
「菜々子あぶない!!」

そして大型の呪霊を呼び出して双子もろとも大きな体で叩きつける。すごい勢いでぶっ飛ばされたけど、死んじゃいないだろうな。と思ったけど杞憂だったようだ。
腕や脚が変な方向に曲がっててボロボロだけど。

「許せない…っ!許せない…!!」
「ねー、クソビッチにやられるなんて自分自身が許せないよねー」
「殺してやる!!」
「んなことしたら夏油サマに嫌われちゃうよ?」

お互いに抱きしめ合う双子の、ギャルの方の顔と私の靴の裏を口付けさせる。
タバコの吸殻を踏み潰すように、ぐり、ぐりと靴裏でなじるとメンヘラの方がまた折れた腕で抵抗しようとしたので蹴飛ばした。

「美々子!!」
「弱すぎて話になんないんだけど私の事殺すとか言ってなかったっけ」
「殺す!殺してやる!!」
「何その顔。ウケる」

そのまま顔面を蹴るとプキョ、と嫌な音がなった。多分鼻折れた。
二人とも気絶をしたようなので、可哀想だし反転術式で怪我を治してやる。

「まああんたらには感謝してるんだけどね」

傑が自分の本音に気がついたきっかけは双子だ。傑自身がそう言っていたから間違いない。
傑の望む世界を一緒に作ろうとしてくれてありがとう。
傑の気持ちに寄り添ってくれてありがとう。
私にはできなかったことだから、ちょっと双子に対して嫉妬してた部分もあるんだ。

「寧々子、大丈夫か?」
「おけまる」
「こっちも片付いた。傑の仲間も逃げていったよ」

双子のことも、傑の呪霊みたいに、私が使役してる呪霊に運ばせたが、戻ってきたので無事仲間さんに渡ったみたいだ。
んじゃ僕は急いで戻るとか言うもんだから、悟の腰に直ぐにしがみついた。

「なに、やめてよ」
「私も行くよ」
「ダメだ」
「傑と最後お話するもん」

悟は深いため息をついて、仕方ないと頭をかいた。そして一緒に高専まで瞬間移動で戻る。超便利。
高専はすでにしんとしていて、不気味なくらい静かだった。
あとは匂いで全てがわかる。よく嗅ぎなれた匂い。傑の匂い。
悟の静止を無視して走り出す。悟より早く、彼の元へ着くように。匂いをたどって、塀越え、壁越え、直線距離で。

「傑!!」
「寧々子」

建物と建物の隙間を、壁に寄りかかりながらゆっくりと歩くその姿。
片腕はなく、大量の血を流している。

「もう、悟も…来たか。遅かったな…。まさか寧々子で詰むとは」
「家族は無事だよ。みんな逃げていった」

傑の髪を撫でると、サラサラの心地よい触り心地だったのに、血でベタついていて指でも解けない。
その場で座り込んだ傑と目を合わせるために、私もその場に腰を下ろし、傷の浅い方の頬に手を添えた。

「なんかいつもよりえっちな格好だね」
「ふふ、里香に腕ごと服を吹き飛ばされてね」

酷い女だね。と言うと傑は笑う。
失くした腕を押さえていた手を離し、私と同じように血まみれの手を私の頬に添えた。

「私を食べるかい?寧々子」
「…、食べないよ」
「今なら直飲みもできるよ」
「ムラムラしちゃうからなあ」
「いいよ、ムラムラしても」

でもあの時やっぱダメって言ったじゃん!
そうやって怒ったふりをしたら、あの時は寧々子をぐちゃぐちゃにしちゃうそうだったから、と、怖いことを言われて、思わず笑う。

「傑もムラムラしちゃったの?」
「そうだよ。バレた?」

よっと腰を浮かして胡座をかいている傑の膝に遠慮なく向かい合って座る。抵抗はないので嫌ではないらしい。
背中に手を回してぎゅ、と抱きつくと、片腕しかないのにお返しをしてくれた。

「お願いがあるの」
「なにかな」
「傑の呪霊、全部貰ってもいい?」
「えーー…」
「だめぇ?」

どうしようか、と言いながら、傑の手が私の腰に回って、ぐい、と引き寄せるものだからまたムラムラしてるのかな、と少し嬉しい気分になる。
私も傑の首に手を回して、あざとい顔で傑をじっと見つめた。

「いいよ」
「ほんと!?」
「ああ、その代わり寧々子が家族を引き継いでくれよ」
「それはやだ」

絶対やだ!と断言したら次は悲しそうな顔して笑う。
傑の表情は笑顔ばっかりなのに、一度も心から笑っているところを見たことがない。
それがすごく悲しくて、小さい頃から幼いながらに傑に喜んでもらいたくて肩たたきとかよくやった気がする。

「傑」

少しばかりイチャイチャしてたら漸く悟が来た。急いだ様子もなく、すごく落ち着いている。

「覗き見か?趣味が悪いな」
「うるせ」
「あの二人を私にやられる前提で、乙骨の起爆剤として送り込んだな」
「そこは信用した。お前のような主義の人間は若い術師を理由もなく殺さないと」
「クックックッ、信用か。まだ私にそんなものを残していたのか」

なんか辛い会話だな、と思いながら黙って聞いていると、傑は私の腰から手を離し懐から何かを出して、悟に投げた。

「小学校もお前の仕業だったのか」
「まあね」

私には何の話か分からないが、なんかの任務の原因が傑にあったのだろう。
そろそろかな、と思って顔を上げると、傑がまた私の頬に触れ、そのまままた引き寄せられたと思ったらふに、と唇が塞がれた。

「大好きだ、寧々子」

傑はいつもの笑顔を浮かべていた。

「誰がなんと言おうと非呪術師は嫌いだ。でも別に高専の連中まで憎かったわけじゃない。ただ、この世界では私は心の底から笑えなかった」

でも寧々子。寧々子といる間は、自分が自分でいられた気がする。
すごく愛おしそうに頬を撫でるから、気恥ずかしくて、でも嬉しくて、目頭が熱くなってじんわりと視界が歪んだ。

「傑、私もだいすき」

再び傑に抱きついて、本当は離れたくないと、腕に強く力が入る。痛いよ、と言われたけど、緩めるつもりなんてなかった。

「傑。ーーーーーーーーーー。」

最後、悟が傑に言った言葉を聞いて、傑は笑った。
最期くらい呪いの言葉を吐けよ。
そういうと、傑は、悟に殺された。