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街を歩いていると、すごく落ち着くような、嗅ぎなれた匂いがした。
人混みでそれがどこにいるかはわからない。でも、確実に近くにいるということはわかる。
人を掻き分けその匂いを辿る。
だってまさかそんなことあるはずない。
30分くらい探しただろうか、結局それには辿り着けず、その匂いは薄くなり、探せなくなってしまった。

「傑…」

絶対に有り得ない匂い。
だって彼は、死んだのだから。



「え、ラ・ボンヌのケーキは?」
「忘れちゃった」

悲しみに暮れる悟には申し訳ないけどそれどころではなかったのだ。
こちとら美容院もほっぽり出して人探しに夢中だったのだから。
でも悟には言えない。多分、恐らくの不確定なことを安易に伝えるのはよくない。だってそれが、
傑が生きてるかも
なんて、尚更。
冗談でも言えない。だってあの時確実に傑は死んでいたのだから。絶対に、言えない。
素直に反省するふりをする。あくまでふりだけど悟はしっかり騙されて「まあいつでも買えるさ」と許してくれた。

「ていうか髪切らなかったの?」
「え…あ、ああ、そう。予約がちゃんと取れてなかったみたいで」
「そんなことある?」
「あるみたい」

へー。と私の髪を持ち上げて、さらさらと落としていく。
少し照れてしまって悟に笑われてしまった。こいつ絶対わざとやってるよ。

「そいや明日東堂先輩から遊びくるーてLINE入ってた」
「そうそう、交流戦の打ち合わせでね。おじいちゃんが来るんだよ。てか葵と仲良かったっけ?」
「京都遠征の時LINE交換した」

京都遠征とは、悟とおデートをしたあの時のこと。
別れ際にダメもとでLINE交換しよーて軽く言ったら案外OKしてくれてそれからちょこちょこ連絡取り合ったりしてる。
私はテレビ見ないからわかんないけど、高田ちゃんっていうアイドルが好きらしい。写真見せてもらったけどめちゃくちゃ可愛かった。180センチもあるらしい。
あとは東堂先輩は以外にいい香りのする石鹸だとか香水だとか詳しくてよくおすすめを聞いたりしてる。見た目とギャップありすぎて萌える。

「んじゃ、あんまおじいちゃん刺激しちゃダメだよ?」
「え、なになに、そんな人に見える?」
「楽巌寺学長めちゃくちゃ嫌いじゃん」
「うん、だいっきらい」

はっきり言う悟に思わず笑ってしまう。
特級案件に一年派遣したのも上層部が仕組んだらしいし、はらわた煮えくり返ってるだろうな。
まだ仕事が残っているらしい悟と別れ、私も自室へと戻る。
扉を閉めて、ふ、と息を着く。

まじで傑だったのかな。
でも間違いなく傑の香りがしたんだ。同じ香水とか、そんなことじゃない。
肉体の香り。血肉の香り。屍鬼が受肉してる私ではないと、感じ取ることの出来ない香り。
偽物…?変身の術式…?それとも、本物。
そういやあの死体って、どうなったんだっけ。
火葬、したよな、あれ、したっけ。

「…。」

傑が生きてたら、私が気をつけなければならないのはただ一つ。
傑から譲り受けた幾千の呪霊が暴走する可能性があるということだ。
元はと言えば傑の呪霊。傑にしか使役できないのを私が無理やり言うことを聞かせているようなもの。
傑が既に死んでいるからこそ、できていたことだったから。

「…、いや、まだわかんないし」

この目で直接見た訳では無い。断定することは出来ない。
でも
体が震えていることに気づいて、自分を抱きしめる。
恐ろしいのか、喜ぶべきなのか分からない。
だって傑が生きてたとしたら絶対私に会いに来てくれるはずなんだから。それが私の知っている傑であれば、の話だけど。
考えても考えてもまとまらない。シャワーも浴びずに布団に潜り、目を瞑る。
その日の夢はすぐるが出てきて、私とイチャイチャしてる夢だった。でも最後に私ごと呪霊として取り込まれて、死んでしまう夢。
泣きながら目が覚めて、赤くなった目を真希ちゃんに心配されてしまった。
でも言えない。
傑が生きてるかもなんて、口が裂けても、言えない。