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「棘、大丈夫!?」
「ゲホッ、しゃ、け…」

棘の呪言で特級を止めて他三人が攻撃。
棘が喉の薬を飲んだり、私の反転術式でカバーしてるけど追いついている感じがしない。
呪言の効きがあまりよくない。この攻撃が通用するのも時間の問題だ。
校舎の外に出て次の攻撃にうつる。恵が鵺を特級に向かわせるが、棘が言霊を言えなかった。鵺は羽のあたりを貫かれて、棘の口からは大量の血が吐き出されている。

「棘!!」

その隙に憲紀が特級に殴られ、すぐに恵が助けに入ったけど死んではないだろうか。
やばい、血の匂いがキツくてクラクラする。
棘をなんとか介抱しようと支えるが、またその瞬間目の前に特級が現れて、私を担ぐ。
なんてったってこいつは私を運ぼうとするのか。目的が全く分からない。

「夜蛾先輩…っ!また…!!」
「高菜」

棘が恵の肩に手を置く。いや、そんなまさか。

「だめ!棘それ以上は…!!」
『は…なせ』

再び血を吐く。私は特級から解放され、なんとか着地。だけど、

『ぶっ…とべ…!』

その言霊を発した瞬間、特級は吹き飛ばされる。棘はその場で倒れて、急いで私は棘のとこへ駆け寄り、抱き上げると一旦その特級から距離をとる。

「急いで硝子のところへ!!頼むよ!!」

一番の速さの乗り物呪霊に棘を乗せて、送り出す。速いけど乗り心地はあんまりよくない。我慢してくれ、棘。
ああ、それにしても疲れた、血の匂いがして、お腹が空いてくる。…肉が食べたい。
私は傑から受け継いだ呪霊で特級だけは取り込めなかった。主従関係が成立しなかったのだ。使役ができていればこの特級とも渡り合えるかもしれないが、扱える呪霊でやり合うしか…

「!?」

途端、視界が暗転。併せて浮遊感。
誰かに運ばれている。あれ、いや私、なんかおかしい。なんか、体が重い。

「ふうん、それがキミの魂の形か」

少年のような声。視界を奪われているのでその姿は確認できない。とにかく逃げないと。一級呪霊を出し攻撃させるが、「うわ、やめてよこれ祓えないんだから」と、私は腹に鋭い痛みを感じ、呪霊を維持できなくなる。

「うわ、意識ある。さすが一級呪術師」

再度、激痛を感じたと同時に、私は意識を手放した。
きっとさっきの特級と同じ。わからない。何の目的で私を攫おうとしているのか。
その理由を私は案外すぐに、知ることが出来た。

「なんで鬼の姿にしちゃうかな」
「だって面白いでしょ。屍鬼が受肉してる肉体の魂だよ?気になるよ」
「まあいい。寧々子、あげたものを返してもらうよ」

意識を戻した時、手足は何かで拘束され、視界はなにかで覆われている。
でも、声でわかる。
懐かしい声。愛おしい声。

「す、ぐる…?」
「久しいね、寧々子」

なぜ生きているのか
別人…?
でもあの街で感じたあの香りと全くおなじ
血肉の香り。愛おしい香り。

「げほっ」
「ああ、痛いよね。真人が腹に穴をあけてしまったから。でも彼の術式である程度は治したよ」

そうか、この痛みは腹をぶち抜かれたことによる痛みらしい。
しかしなんだろうこの体の違和感は。自分の体ではない感覚。何だか重たいし、皮膚が物凄く固くなっている気がする。

「君にあげた呪霊を返してもらいたくてね。ちょっと乱暴だけど連れてきてもらったんだ」

ああ、なるほど、なるほどね。
だから「これ祓えないんだから」か。
祓ったら大事な一級呪霊を一体失うことになってしまうから。

「さあ、じゃあ、そろそろ始めるよ」

大きく口を開けられて、喉の奥に指を突っ込まれる。嘔吐いて摂取した血液がゴボゴボと戻ってくるが、吐かせるのが目的ではない。

「ゴポッ」

見えないけれど、出ていくのを感じる。私の呪霊、夏油に貰った呪霊。ずっと太い棒のようなものが喉に通っていて開いているような苦しい感覚。生理的な涙がでてきて、呪霊を取られている辛さよりも、早くこの苦しさから解放されたい気持ちのほうが強くて、縛られている手足を必死で動かす。しかし抵抗も虚しく、それが数分続いただろうか。

「はい、終わったよ」

目隠しを外され、部屋の明るさに目が眩む。しかし目の前にいたのは、懐かしい顔。ボロボロと涙が出て、今すぐに目の前の人を抱きしめたい気持ちに襲われる。
しかし今私は手足を拘束されている。鬱陶しいなと思って自分の四肢を見やると、

「え…」

赤黒く、皮膚の硬そうな、ひび割れた肌。舌で口をなぞると、肉食動物のような鋭い牙がある。しかも、大きな口で長い舌だ。
すぐにわかった。
クロだ。私は今、クロの姿をしている。

「真人、戻してやりなよ」
「ええ、いいじゃん。こっちの方がかっこいいよ」

ほら、と鏡を用意されて、そこに映っているのは紛れもない屍鬼の姿。
慟哭したいのは山々だったが、逆に声が出ない。
夢の通りになったな、とただただ絶望する。

「この肉体の記憶が戻して欲しいと嘆いているんだよ。真人」
「…ちぇー、はいはい、わかりましたよ」

ツギハギの男に触れられたと思えば、肉体が変形する不思議な感覚に襲われ、気がついたら元の私の姿に戻っていた。
体が縮んだことにより拘束が解け、私はすぐに目の前の彼に抱きつく。

「おや、本当に可愛いんだな、寧々子は」
「傑…っ!!」

ギュウギュウに抱きつくと昔みたいに頭を優しく撫でてくれる。
全部、全部、あの傑だ。
あの時、悟に殺されたはずの、傑だ。

「わ、わた…し…」
「でも残念ながら私は夏油傑ではないよ。脳を入れ替えているんだ」
「え…?」

先ほどの口ぶりからしても、なるほど、それは本当のことらしい。
なぜ、何のためにこんなことを、と思ったけれど、ああそうか、きっと悟だ、と気がついた。
目の前の彼は傑だけど、中身は傑ではない。けど肉体の記憶が彼には刻み込まれているから、私のこともよく知っているんだろう。
つまり敵だ。ツギハギの男も人間ではない。人間の香りはしないから。
でもどうしよう、私はたまらなく目の前の彼が愛おしい。もう呪霊操術も使えないし、戦うことはできない。きっとここで殺されるんだろう。

「…最後に傑に会えてよかったなあ、」
「何言ってんの、殺さないよ」
「はへ?」

拍子抜けの声にツギハギの男は下品に馬鹿笑いする。
いやだって殺さない理由がわからない。
ポカンとニセモノを見るとそいつもおかしそうに笑っていた。

「君には利用価値がある。ただ、五条悟に私のことを伝えられると困るから、私たちと共に行動してもらうよ」

そう言ってニセモノは優しく私の頬を撫でる。
肉体の記憶か、ずるいことをしてくる。
私はまた涙を流して、ニセモノに抱きついた。ニセモノもまた、私のことを抱きしめてくれた。


*補足*
本来なら夏油は百鬼夜行で手持ちの呪霊を使い果たしてますが新宿に放ったのと京都に放ったやつの余り併せて数百体ほど譲り受けているという設定です。
はい、そうです。後出しジャンケンポンです。