30

ここに来て、どれくらい経っただろうか。

「やだ!あっ…いや…!!」
「食べなきゃ死ぬよ?」

ツギハギの男、真人に私は顎を掴まれていて、無理に口を開こうとされている。
真人の持っているのは、人間の肉。食事だと言って持ってきたのだ。

「やだ!絶対やだ!!」
「そんなこと言ってもこれ以外食べれないじゃん。もう3日も何も食べてないんだし」
「血だけでいいの!肉はいらない!」
「そんなに涎を垂らして物欲しそうな顔してるのに?」

ぎくり、とする必要すらない。そりゃあそうだ。空腹の時に目の前にごちそうがあったら誰でもそうなる。
でも肉だけは、肉だけは食べたくない。悟にも我慢できてて強いって言われたんだ。私は人間だ。人間だから、人の肉なんて食べない。

「うっざ。キミさあ、混ざり物のくせに自分が人間だなんて思っちゃいないよね」
「わ、私は人間だもん!」
「見たでしょ、魂の形。あれがキミの本性さ」
「……っ!」

こいつ嫌い!
私は相変わらず手足を特別な縄で縛られていて、術式で解こうにもできずに大人しく捕まっている。
空腹は唇を噛みなんとか持ちこたえているけどいつまでもつかもわからない。
あまりにも腹が立って、再び私の口の中にソレを入れようとした瞬間に、真人の腕に齧り付いた。食いちぎって咀嚼すると、やはり呪霊の味。人間のものでは無い。

「うげえ、人間の形してるんだから、もうちょっとマシな味してくれるかな」
「…生意気だね」

私が食った腕の欠損はすぐに再生される。さすが特級。化け物並みの治癒力。
ものすごい呪力の圧が飛んできて、余程私に腹が立っていることが伺える。

「そこまで、真人」

扉をコンコンとノックして監禁部屋に入ってきたのはニセモノ。
いじけた子どもみたいに真人は頬を膨らまし、「はいはい」と部屋を出ていく。ニセモノは私の前に椅子を持ってきて向き合うような形で座った。

「…なに?」
「血だ」

投げられたのは瓶に入った血液。蓋から漏れる匂いから、人のものだというのが分かる。
どうやって手に入れたかわからない、もしかしたらこの為に人を殺した可能性もある。でも、

「これ、やだ…、傑の…ちょうだい…?」
「…そんな顔をされたらあげないわけにはいかないな」

私がどんな顔をしているのかわからない。でも目の前に中身が偽物とは言え傑がいて、傑の味を思い出さずにはいられない。
こうすればいいのかな?と、私の拘束を解いてくれたニセモノが私を抱き上げて、向かい合うように膝に座らせた。
私はゆっくりと傑の背中に手を回す。首筋に顔を近づけると、傑の匂いでいっぱいになって、それだけで酔っ払ってしまいそうだ。
プチ、と歯を立てれば皮膚の裂ける音。そしてじんわりと血がにじみ出る。
それを最初に舌先で堪能して、次にもっと皮膚を裂いて血が十分に出るようにする。

「ん…っはあ…」
「うわあ、よくこれ我慢してたね夏油傑」
「…ごめ、痛い…?」
「そういう意味じゃない…よっと」
「ひ、ぁん!」

突然の刺激に思わずニセモノから顔を離す。なんか恥ずかしい声が出てしまって両手で口を抑えた。
服の中に手を入れられ、直に腰に触れてきたのだ。驚いて目を何回も瞬かせながらニセモノを見ると面白そうにニヤニヤと笑っている。
傑はそんなこと一切しなかったから、やっぱりこの男は傑じゃないんだなって、改めて思う。なんかスケベなおじさんみたいだ。

「なんか変な感じ」
「なにが?」
「傑なのに傑じゃない…」
「そりゃあ脳は別人だからね。でも記憶があるから、それらしい振る舞いはできるよ」

話し方も、仕草も。
でも不意に傑じゃなくなる。頭に入っている"誰か"になる。

「ねえ、"家族"はどうしたの?」
「離れた者もいれば、夏油様の遺志を継ぐとか言って残っているものもいるよ。言うことを聞くから体を返せという頭の悪い双子もいる」
「あー、頭悪いよね、あいつら」

私もきらーいとニセモノの首に両手をかけて後ろに仰け反る。大きな声で笑う偽物。傑はそんな笑い方しない。やっぱり偽物だ。

「ねえ、キスする?」
「え、やだよ」
「してたじゃん」
「私の切なくて甘い思い出を汚さないでよ」

それは残念。と今度は脇腹に手を這わされ、ゾゾゾと気持ちいいのか気持ち悪いのかわからない感覚に襲われ、これまただらしの無い声が漏れる。
こやつ、この状況を楽しんでるな。ムカついて肩を噛んでやると結構痛かったのかすぐに膝から降ろされた。
肩から血が流れている。これ以上は"私が"可哀想だから、反転術式で治しておいた。