34

「遊ぶよ」
「え、なにこれ」
「人生ゲーム」
「てか誰?」
「やるなら三人より四人でしょ」
「いやこいつ誰よ」
「はい、ほらこっちきて」

監禁部屋にぞろぞろむさ苦しい集団が入ってきて、何を持ってきたかと思えば人生ゲーム。
しかも、ニセモノと、真人と、あと誰だ。呪霊じゃない、人の肉の香りがする。
真人は私の質問にお構い無しに縛られている椅子をギコギコ動かして机の前まで移動させるし、呪霊にしては人の匂いがするし、人にしては変な感じ。しかも未だ何も喋らず。
ていうか皆がここに持ち寄った椅子は座り心地の大変良さそうなソファ。一方私は木製のクッションもない固え椅子。そろそろ多分、おしりに寧々子ジュニアができているんじゃないだろうか。

「ねえ、手外してよ」
「逃げるかもだし」
「今はもうゴミのように弱いから逃げないよ…」
「確かに違いないねー!」

ケタケタ笑いながら真人は縄を解いてくれる。ああ、すっかり手首に跡ついちゃったなあと自分の白くてキメ細やかなはずだった、痣のついた肌を眺めていると、ひょいと体を持ち上げられニセモノの膝の上に座らされた。なんだ、と偽物を見やると「でも本当に逃げたら困るからね」と腹に手を回される。
偽物だとわかっていても、この匂いに包まれるのはいい気分なので好きにさせた。

「で、こいつ誰」
「九相図だよ」
「え?なにそれ」
「人間と呪霊の子ども」
「へー…え!?高専にあったやつ!?」
「そうそう!俺が盗んできたの!」

はーー…、あれがこんなんになるのか、とまじまじ見つめていたら「何を見ている」と睨まれる。
いやそんなん見るじゃん。胎児がこんなんなるんだよ。大方、真人が適当な人間に食べさせたんでしょう。

「なんて呼べばいいの?」
「…脹相でいい」
「脹相ね〜。んじゃ順番決めよー。銀行係は傑ね〜」
「ジャンケンでいいでしょ」
「よっしゃ、私グー出しまーす」

結果、私は4番目。みんなパー出すかと思ってチョキ出したらみんなグー出してた。解せぬ。
それにしても、こんなボードゲームなんて、真人とか私のこと大っ嫌いだろうに、私も混じえて遊ぶ必要があるのかな。
あと、受肉体仲間の脹相くんは、果たしてこいつらのことを一体どう思っているのか。
情が移ったらやだなあ、と思いながらルーレットを回す。初っ端から借金を背負ってスタートになってしまって、頭を抱えた。
んでビリ独走状態でしばらく遊んでいると、脹相のターン、ルーレット回したのに中々駒を進めなくて、一層仏頂面になった。なんだハライタか?と思えば、いきなり駒を指で無視を潰すようにパキと壊して、少しギョッとした。

「弟が死んだ」
「あー!駒壊すなよ!」
「そういうの分かるんだ」
「え?弟いるの?」
「どういうことだ?受肉体ならまだしも二人が指一本分の呪霊にやられるとは思えん」
「ちょっと待ってね」

私の後ろでニセモノがごそごそなにかしてて、急に大きな手のひらで目を隠されたと思ったら体が密着するように引き寄せられる。肩には重い腕が乗っていて、多分私には見られたくない何かを見ているんだと思う。
しばらくその状態が続き、頬や首に触る髪が擽ったいなーと思っているとニセモノがフフ、と笑って私の目から手をどける。

「報告が入ったよ。壊相、血塗を殺したのは」

その続きを聞いて、私は残念ながら喜びという感情を抱くことはできなかった。

「呪術高専一年、虎杖悠仁とその一派だ」

モヤモヤした感情。嫉妬、妬み嫉み、羨望と言ってもいい。
私の知らないところで後輩が活躍している。私の知らないところで同級生が活躍している。なのに私はこいつらに捕まっていて、逃げようとすらしない。
ほら見ろ、私はこんな人間だ。五条悟の弱点なんかじゃない。
今頃、悟は今年の一年は優秀だ、豊作だと喜び、私の事なんて忘れている。
そんなことを考えてしまうその表情を、真人にしっかりと捉えられる。にんまり、どす黒い邪悪な笑みを浮かべ、ソファを寄せて私に顔を近づけてきた。

「やっぱり、アンタはこっち側だよ」

うるさい。

「呪霊には正の感情がないとか言ってのけたけどさあ」

うるさいうるさいうるさい。

「アンタにもないじゃん!そんな感情!!」

その口をとめてやろうと手を振りかぶる。その手は呆気なくニセモノに取られてしまって、だらりと力なく重力に落ちていった。

「あるよ、楽しいも嬉しいも、ある」
「そのくらい俺にもあるよ。負の感情から生まれたそれがね」

悟は、私のことを大切にしてくれている。
だけど、特別ではない。
特別ではない。
そっか、私は悟の特別な人になりたかったんだ。別に恋人とか、そういうんじゃない。他者を犠牲にしてまで私を選んでくれるような、そんな存在になりたかった。
京都に遠征に行った時、あのデートの時、自分の気持ちには決着がついていたはずだった。
でも違うかったんだ。
自分でその感情に蓋をしていただけ。できるだけ頑丈に、できるだけ強固に。
その蓋を開かないように、パンダに甘えて、真希ちゃんに甘えて、棘に甘えて、憂太に甘えて、恵に甘えていた。
自分自身を満足させる、ただそれだけの為に。

「やっぱり寧々子なんて生かしておくだけ無駄だと思うけどね」

その必死で押さえつけていた蓋を、いとも簡単に開けてくるんだもんなあ、この呪霊は。

「わかった。真人言う通り」
「ん?」
「私は呪霊だ」

いい加減認めよう、負の感情でできている私の体を。

「いいよ。俺は肯定する」

ようこそ、と手を差し伸べられ、その手を握る。
じゃあこれからは寧々子も仲間だね。とニセモノに頭を撫でられた。
心地いい。
こちらの方が断然に。
居心地の良さを感じる。あの場所にいる時よりも数段の、居心地の良さを。