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あれから拘束されることはなかったけど、相変わらず殺風景な場所で軟禁状態である。
いやしかしこの状態は一体どうなんだろう。気だるげな脹相くんと、同じ部屋、ふたりきり。

「ね、ねえ」
「なんだ」
「なんでここにいるの?」
「…夏油にここにいろと言われた」
「見張り?」
「さあな」

私はニセモノが用意してくれたソファ兼ベッドに座っていて、脹相は入口近くの壁に寄りかかっている。
娯楽がボードゲームとかカードゲームとかしかない空間で、二人でどうしろというのだろう。
とりあえず、そう、会話。会話しかないと、私は口を開く。

「封印されてる間も、意思とかってあったの?」
「ある」
「150年も何考えてたの?」
「兄弟のことだけを考えていた」
「へえ…」

でも死んじゃったんだね。と言うと、何も答えなかった。
悠二と野薔薇ちゃんが殺したってニセモノが言ってた。あの二人のこと、恨んでいるのかな。

「なんで呪霊側についたの?」
「そっちの方が俺たちにとって都合がいいからだ」
「都合かあ」

でも正直、呪霊でも人間でもない半端者の私たちってどっちに転ぼうと厭われると思うんだよな。なら、人情というか、情が大きい人間側につく方が、"同情"で、大切にして貰えた気がする。
ていうか結局兄弟二人、人間に殺されちゃってるし。
そんなことは言わずに、私はソファから立ち上がると脹相に寄り添ってみた。なんか血の香りの濃い人だなあ、と思いながら、ぴと、と肩と肩をひっつけると、すごい顔しながら一歩だけ逃げていった。

「…なんの真似だ」
「兄弟死んじゃったから辛いと思って」
「知ったような口を」
「同じ受肉体仲間だから仲良くしようよ」

ゆっくり、人差し指だけ手で触れる。今度は抵抗はしない。指切りをするみたいに、その指だけで手を握った。でも握り返してくれることはなくて、脹相の指は、真っ直ぐ地面を向いている。

「まあ、同じ受肉体と言っても脹相はそもそも人間と呪霊の混血、私はそうじゃないからな」
「…。お前は、屍鬼の受肉体と聞いた」
「そう。私って人間食べるんだよ。しばらく食べてないけどね。でも知ってる?屍鬼って、別に人間の"肉"は食べないんだよ」

そう、屍鬼は、人間の"肉"は食べない。吸血だけをする。屍鬼の呪力の養分は、人間の血。肉は必要としていない。
なのになんだ、私は。人の血だけではいつも物足りなく、満腹なんてしばらく感じていない。今でも肉を食べたいと本能的に思ってしまう。
では、"私"はなんだ。
屍鬼の受肉体。それはそうだ。でも"私"自身は?人の肉を食べる、ただの化け物じゃないか。
クロが受肉する前から肉を食べて生きてきた。だから、私のこの体は屍鬼の呪いによるものじゃない。私自身の、呪い。
もちろん、悟や夜蛾たちはそれを知っている。でも優しさで、屍鬼に肉体を改造されたなんて、そう言ってくれているだけだ。
恐らく私が人の血だけで生きていけているのはそれこそ屍鬼が受肉しているから。していないとなると、私は肉を食べなければ生きていけないはず。むしろ屍鬼に受肉されたことによってこの世界で生きやすくなったと言ってもいいだろう。
自分が何者かも分からない。なぜクロは私を甲斐甲斐しく世話をしていたのか、そもそも私なんなのか、両親は?他の家族は?どういう風に生まれた?

「私って、一体なんだと思う?」
「知らん」
「知らんよね」

だよね。とため息を着くと、少し手が暖かくなった。
さすが、長男だ。と心の中で笑う。きっとそもそもの面倒見がいいんだろう。
握ってくれた手を握り返して、脹相に微笑みかけると、相変わらずの仏頂面で目をそらされた。

「私のこと妹だと思っていいよ」
「…それは、無理があるな」
「無理があったかあ」

じゃあ仲間としてこの手しばらく握っててもいいですか?と問えば否定も肯定もしなかった。
ほんのり血の香りがするから、ちょっとお腹すいてきたな。どこか怪我でもしてるのかな。なんてことを考えながら、それからは特に何も喋らずに、お互いの手を握って二人でボーっとしてた。しばらくすると、ニセモノと真人が入ってきて「え?お前らできてんの?」みたいな雰囲気になったが、私たちは何も答えずに、私に関しては含み笑いを浮かべて、少しでも二人がソワソワすればいいと、そんな小さな意地悪をした。