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「寧々子に朗報だよ。五条悟をはじめとする高専の連中が血眼になってキミを探してる」
「んえ?」

ニセモノが突然部屋に入ってきたと思ったら、突然そんなことを言われた。
返答に困って、とりあえずへらりと笑う。
思っていた反応とは随分違っていたみたいで、ニセモノは少し驚いた顔をしていた。

「喜ぶと思ったのに、残念」
「う、うん…」

なんかごめん。と思ったけど、正直胸はモヤモヤしてる。悟が、みんなが私を探してるんだ、と思うと、さっさと呪霊サイドに寝返った自分が恥ずかしいし、みんなに合わす顔は全くない。
どうか見つけないでくれますように、と神様にお願いして、大好きな匂いに包まれようと、ニセモノに抱きついた。

「寧々子は本当に夏油傑が好きだなあ」
「うん、すき、だいすき。…あんたのことじゃないよ」
「わかってるよ」

ていうか探さないでくださいみたいなお手紙を届けることは出来ないのかな。私はみんなのことを殺すつもりは更々ないけど、見殺しにはしてしまうかもしれない。一緒のことだと言われればもう何も言い返せないけど。

「仲間が見つけに来てくれたらどうする?」
「もう戻れないよ…」
「未練はあるんだね」

あるに決まっている。そんな分かりきったことをどうして言う必要があるのか。
だって楽しかった。自分が人間みたいに振る舞えたことが、嬉しくて楽しくて堪らなかった。でも私は自分で認めてしまったんだ。私は人間じゃないって。誰がなんと否定しようと、私は人間とも呪霊とも違う。どっちつかずな不安定な存在。

「でももうすぐ会えるさ」
「…そうだね」

でもそれは敵同士として。私には殺す覚悟はないけど殺される覚悟はしておかないと。
できることなら悟の手で殺してくれたなら、きっと私の人生も満足してくれるんじゃないかな。

「あんたは私を殺すつもりなの?」
「用がなくなればね」
「そっか」
「でも"私"のものになるなら考えなくもない」

"私"のもの。その言葉に少し違和感を覚えて、ふむ、と考える。

「それはつまりあんたの手持ちになれってこと?」

でも私、肉体は人間のものだから取り込めないんじゃない?と真顔で言うとニセモノは可笑しそうに笑う。笑いながら頭を撫でて、そうか、そうきたか、と、なんか納得したように言われて、私は私でなんか笑われていることに腑に落ちなくてニセモノのことを訝しげに見つめて首を傾げた。

「恋人になるならってことだよ」
「ぷっ」

あまりにも突拍子もなくて、吹き出してしまった。
ニセモノは不満そうに顔を顰めている。だって、恋人、私と偽物が、恋人って。

「私は恋人作らない、普通の恋愛がしたいもん」
「はは、普通って?順序よく清純なお付き合いをしたらいいってこと?」
「恋人の血を飲まないこと」

それが私の普通。無理な話だろう。セックスなんてしちゃったら性欲と食欲がごちゃまぜになってきっとその人のこと食べたくて食べたくてしょうが無くなっちゃう。
きっと私は耐えられない。だから恋人は要らない。しかも傑ならまだしもニセモノとお付き合いなんて、まるで興味もない。

「手厳しいな」
「ていうか嫌でしょ、こんな呪霊とも人間とも言えない女」
「だからいいんじゃないか」

ニセモノの視線がやけに熱を帯びていて、思わず後ずさる。少しばかりの恐怖。狂気を孕んだプレッシャー。

「え、待って、あんたって私の事好きなの?」
「そういう言葉では計れないよ」
「わかんない、どういうこと?」

じわじわ距離を詰められて、その度に後ずさるから私の背中はついに壁についてしまう。
やだなんかこの人本当に怖い。
壁に追い詰められて、大きくてゴツゴツした夏油の手が私の頬に触れた。その手に触れられるだけで私はお腹の上のあたりが、きゅうってしめつけられるような感覚になる。

「キスするかい?」
「…ニセモノさんって、チュー好きだね」
「ああ、好きだよ」

ニセモノって、分かってる。でも誘惑に負けた。
前に傑がしてくれた触れ合うようなキスじゃなくて、食らいつくような大人がするやつ。
やっちゃったなあ、と思いながら、まあ元々貞操観念なんてないし、て諦めて、真人がよく「呪いとは、自分の欲望のそのままに自分に偽りなく行動する」て言ってるのを思い出して、こういうことね、と、妙に自分に納得した。
そんな中、最低かもしれないけど思い出したのは、悟の顔。もう本当は絶対に会いたくない、私の恩人。恩を仇で返すようなマネをした。どんな顔して会えばいいんだろう。
ああ、20歳になったら悟に抱いてもらう予定だったのにな。
もう叶わなくなってしまった夢に思いを馳せながら、好きな人の皮をかぶったニセモノとキスをする。なんて私にはピッタリの相手だろう。
うっすらと目を開けると、目の前のニセモノと目があった。薄笑いを浮かべて、気味が悪かった。