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「お兄ちゃん、あーそーぼー」
「誰がお兄ちゃんだ」

基本的に自分の部屋から出ることを許されていない私はたまの来客にはそれはもう喜んだ。トイレに一人で行くことは許されるようになったからフラフラ暗い廊下を歩いていると脹相に出くわして、その機会、逃さずにはいられるかとすぐに手を握る。気だるそうな態度は変わらないが、私を見る目は少し優しくなったと思う。

「どこ行ってるの?」
「夏油に呼び出された」
「私行っていいやつかな」
「知らん」
「私だけ計画教えて貰えないの仲間はずれだと思わない?」
「…どうだろうな」

手を握りながらそのまま脹相についていく。まあニセモノに帰れって言われたら帰ればいいか。
そういって着いた先には大きな広間があって、いつものメンバーと、見た事のない袈裟姿の子ども…いや、女の子…あれ、男の子?わからない、でも、呪霊ではなさそう。

「寧々子も来たのか」
「うん、邪魔なら帰るけど」
「いいよいてくれて。裏梅とは会ったことがあったかな」
「うらうめ…。はじめまして」

白髪の美人。悟を少しばかり彷彿とさせる。
裏梅はぺこりと頭を下げただけで特に何も言わない。無口な人なのだろうか。
その後は31日の打ち合わせっぽい話をしてて、渋谷駅がどうとか、地下鉄がどうとか、ゴクモンキョーがどうとか、色々。
私は話半分で、いよいよ私が本当に仲間を裏切る時が来たんだなと悶々と考えていた。脹相の手を握る手に力が入る。
要は悟をゴクモンキョーとかいう呪物で封印させて、呪霊サイドをより優位に立たせるというのが目的らしい。呪霊が支配する呪霊のための世界。でもニセモノはそんな世界にする為の手助けをして本当の目的は一体何なのだろうか。考えたところで分からないから考えるだけ無駄なんだけど。

「大丈夫か?」
「…ん?あ、ごめん、痛かった?」
「痛くない」
「お兄ちゃんは優しいね」
「俺はお前のお兄ちゃんじゃない」

手を強く握りすぎたか、脹相に心配させてしまった。さすがお兄ちゃん。ありがとうとお礼を言うと「別に」と一昔前に世間を騒がせた女優のような反応をされた。クールなお兄ちゃんである。

「寧々子、キミには五条悟の邪魔をしてもらう」
「邪魔?」
「最低でも20分は奴を集中させておきたい。花御、漏瑚、脹相だけでは些か心許ないからね」
「悟は私を殺せないから三人のバックアップをすればいいってこと?」
「その通り」

ニセモノは簡単に言ってのけるけど、果たして上手くいくものかね。
私のことを殺せないなんて、悟はその辺の分別はついてるはずだ。呪霊側についた私を、そりゃあ少しばかり抵抗はあるだろうが難なく殺せると思う。
大量の人間の人質をとりながら、殺して、増やしてを繰り返して、悟がやむ無しとした犠牲の天秤を狂わせる。
すげえこと思いつくよなあと思ったけど、悟を封印するんだったらそれくらいのことはしなくちゃいけないかもしれないね。

「私、正気保ってないと思うよ」
「いい、好きに暴れてくれ」

人がたくさん死ぬ。血の匂いと肉の匂いが充満して、私は恐らくバックアップどころではない。それでもいいというこは、とりあえず偽夏油にとってその場に"私がいる"ということが重要なのだろう。私にそんな価値はないと思うけどなあ、なんて、真人に言われた言葉をそっくりそのまま自分でも思っちゃったことに少しげんなりした。
そのまま集会は終わり、漏瑚とかは残ってたけど私は脹相に引かれて自室へと戻っていた。暇だからお話しようと誘えばため息をつきながらソファに座ってくれる。嬉しくてにやにや笑いながら私も脹相の隣に座る。もちろんお兄ちゃんとは手を握ったまま。

「脹相さあ」
「なんだ」
「赤血操術を使うらしいですね」
「そうだが」
「しかも失血しないらしいですね」
「……。」
「飲ませて!」

脹相から血の匂いがしてたのは術式のせいだったぽい。憲紀と一緒の術式のことだよね。あれって失血がデメリットなのに脹相はそれないらしい。めっちゃ強いじゃんそんなの。
てことで気になるのはあれですよね。
そう、お味の話です。
呪霊はマズイ。人間はうまい。じゃあ混血は?気になりすぎる。飲まずにはいられるか。
お願い、と自分が可愛いのを承知で上目遣いをしながら脹相を見つめる。色仕掛けが通用する相手とも思っていないけど、脹相は観念したようにまたため息をついて、私に首を差し出した。

「ん」

脹相も例に漏れず馬乗りで。こっちの方が気分が上がるから好き。
首に噛み付くとじんわり広がる血の味。うむ、これは、なんとも複雑な味わい。
一旦口を外して脹相の顔を見る。脹相もなんか複雑そうな顔して「おいしいか?」と可愛いことを聞いてくるので、「おいしい」と微妙な嘘をついた。

「もうちょっと飲んでいい?」
「好きにしろ」

決してマズイわけではない。なんかどうしても呪霊特有のエグ味のようなものを感じるけどクセになると言えばクセになるかもしれない。現に止められなくてグビグビ飲んでいる。

「っはあ、脹相…ッ、んう…」

やばい、気分が上がり倒している。私の三大欲求の食欲と性欲はリンクしてる。だって絶対ムラムラする。これ以上はやばい、これ以上はやばいと分かってはいても止まらない。ここまでくると理性は役に立たないのだ。

「交代だ」
「へっ?」

私が心の中で葛藤してるといつの間にか私は天井を見上げていて、私の上に脹相が乗っかっている。あれ?いつの間に押し倒された?と混乱していると脹相の顔がぐわっ!と近づいてきて、何事だと思ったら首元に激痛。脹相が私の真似事をするみたいに、思いっきり噛み付いてきた。

「ぎゃあああ!」
「五月蝿い」
「痛い!無理!!」
「お前も同じことをやっている」
「ご、め…んん!許して、痛い!お願い…っ」
「まだだ」
「ひ!あ…っ!や、舐めるのだめっ」
「お前も同じことを」
「んッ、ごめ、あ、あ、」

肉が裂けてものすごく痛いのと、そのジリジリ痛むところを這うあったかい舌の擽ったさと、交互に襲って、めちゃくちゃで頭が溶けてしまいそう。
自然に涙が出てきて、体が火照って、脹相の背中に手を回して掻き付くように抱きしめると漸く脹相は私から顔を離してくれた。
何考えてるか分からない顔。でも私のことをじっと見てて、少し怖くて、どきんと強く心臓が脈打った。

「脹相、怖い顔してる…」
「痛むか?」
「もう治ってるから平気」

でも反転術式で体の火照りが収まる訳では無い。
悪かったな、とほろほろ流れている涙を親指で乱暴に拭う。それにまた少しときめいて、いたたまれなくて、脹相の二つに結われた髪の毛をまるでハンドルみたいに、両手でぎゅ、と掴んだ。

「も、もっとして…」

私は羞恥で頭がいかれそうになるけど、脹相は何だか嬉しそうに口元を緩める。笑った、と思う前に再び同じ場所に痛みが走った。
ひとしきり食って食われて。口から出たのは悲鳴か嬌声か。感じたことの無い感覚に体は溺れるばかり。二人で獣みたいにお互いを貪って、なにこれ、セックスしてるよりよっぽどやばいよね。
でも当分食事とらなくてもいいやと思えるくらい精力と活力が漲った気がする。これからたまにお願いするかもしれない。でもこんなとこ高専のみんなに見られたら死ぬしかないな、なんて思いながら、絶頂した果てような気だるさを感じ、ソファで脹相と二人、眠りについた。
やっぱり、脹相はお兄ちゃんじゃないね。