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私が今まで『この人苦手だ』と思ったのは、おにぎりの具しか言えないという点で棘くらいしかいなかったんだけど、その棘を遥かに上回るほど苦手な存在がここに来て現れた。

「なんか脹相とすんごいことしてなかった?」
「……。」

真人。ツギハギだらけの呪霊。まるで人を馬鹿にしているような、見下しているような笑顔でなぜか私と向き合って同じソファに座っている。

「ナカマ同士で交接でもしてた?」
「してないし!なんかその言い方やだ!!」

本当かなー?とニヤニヤ笑って本当に苦手だ。何が一番嫌って、実際私のことをこちらに引き込んだのはこいつってところ。さすが人間の呪い。人の心の壊し方をよくご存知でいらっしゃるみたいだ。

「俺の血も吸う?」
「やだ、まずい、いらない」
「えーショックー」

ケタケタ笑って全くショックを受けているようには見えない。じゃあそんな寧々子にはこれをあげようね〜と懐から出したのは案の定、小さく形を変えられた人間。

「無理無理無理無理やめてよやだ!!」
「遠慮せずに、はい、あーん」
「それだけは嫌!!」

いやいやと首を横に振りながらぐいぐい迫ってくる真人の胸を押し返す。抵抗すればするほど真人は面白がってなんとか私にソレを食べさせようとしてくるけど、本気で嫌なので抵抗するしかないのがキツイ。

「自分のこと呪いって認めてるのに何がそんなに嫌なの?」
「私別に高専の人たち嫌いになったわけじゃないからね!?人間に好きな人たちいっぱいいるからね!?」
「へー、かわいそ。もうすぐ皆殺しになるのに」

どき
そうだろうな、そうするためにこうしてせっせと準備してるんだもんな、こいつらは。
真人を押し返すのも忘れて一瞬フリーズしてると真人が手に持った人間だったモノがぷに、と唇にふれた。

「ーーーッ!!!」

それだけで口の中が唾液で満たされる。反射的に真人の手を払いのけるとその小さな異形の人間は真人の手から離れて入口の方に飛んで行った。
あーあ、となぜか私を責めるような視線を向けられ、それを拾い上げる。
私は私で大量に出た唾液をどう処分したものかと、口を両手で抑えて堪えていた。

「ていうか脹相とあんなエグい血の飲み合いしてこれはダメとかわかんないなー」
「んぐっ、てか見てたの?真人覗き見好きだね」
「なんか俺、寧々子のこと気になるんだよね」

普通だったらドキッと胸を高鳴らせるところだろうか。でも残念ながらこの呪霊にそんな気持ちは天地がひっくり返っても湧かない。

「好きな子虐めたくなっちゃうタイプね」
「愚かな奴を虐めたくなるんだよ」

キミの魂を殺したいんだ。
そのおっかない台詞とは真逆に、優しく優しく髪を撫でられる。笑っているのに、その目は恐ろしくまるで笑っていない。底知れぬ恐怖。今までここまで他人のことを恐ろしいと感じたことはあっただろうか。
自分で制御できるものではない、体が震え始めて、止めようと自分の体を抱きしめる。
真人はそんな私を見て心底嬉しそうに、縫い目がなければ端正とも言えるその顔を歪めた。

「キミのトモダチを目の前で一人一人殺していこう、異形にして一緒に戦わせてもいい」
「…悪趣味」
「そうだよ。それが俺たち呪いだ。魂が壊されて廃人になった寧々子はさぞかし可愛いだろうね。憎まれ口も叩かないだろうし。ああ、楽しみだなあ」

髪を撫でる手が頬に移動して、さらりと触れてから私から離れる。
その手が私に触れるだけで、またクロの姿にされるんじゃないかと怖い。その手を見るだけで、その瞳を見るだけで本当はいつも怯えている。
私の嫌なことしかしない呪い。心の底から大嫌い。

「また俺に虐められたって夏油に泣きつく?」
「…そうしてもいいけど、できれば自分の力で一矢報いたい」
「わお、それはそれで楽しみだなあ」

期待してるよ、寧々子。
小さくなった人間をぷらぷらひっさげて、私の部屋を去る彼は、その直後思い出したかのように扉から顔だけをのぞかせた。

「あ、今度は俺ともキスしてくれる?夏油としてたみたいなやつ」
「……絶対やだ」

それも見てたんか。
覗き趣味のストーカー。絶対私の事好きじゃん。