42

この日が来なければいいのに。と思っていた。
でも考えるまでもなく当たり前ことなんだけど、時間は進むことしか出来ない。だからこの日は必ず来るのだ。

「うげ、人やばあ」
「離れるな」
「わ、引っ張んないで」

脹相に手を引かれて、やって来ました、渋谷。
仮装した若人たちで埋め尽くされていて、その人間が犇めき合う匂いだけで酔ってしまいそうだ。

「これ地下鉄に全部放り込むの?」
「そうだよ」
「やっっばいね」
「やばいだろ?」

ニセモノから「やばい」って単語出てくるのなんかやばいな。なんか色々やばくてやばいしか言葉が出てこないやばいわ。

「寧々子はまず漏瑚たちにつけ。呪力はなるべく漏らすなよ」
「悟に見つからないように人間に紛れたらいいんだね」
「そうだ。あとは三人が良いように使ってくれる」
「良いように使ってね」

漏瑚に笑いかけると「くれぐれも邪魔はするなよ」と睨まれてしまう。私は漏瑚に悉く嫌われているようだ。まあ、呪霊は人間より劣ってるとか、散々言っちゃったしね。
呪力を漏らすもなにも攫われた時と同じ呪力を無効化する縄を首輪のように首に巻かれているものだからこの縛りをとかない限り漏れっこないと思うんだけどね。

「じゃあ寧々子、私は陀艮と離れたところにいるから」
「ん」

いい子にしててねと軽くキスされて、頭を撫でられる。もうなんか私の唇、ニセモノさんに大安売りしてる。別にいいけど。けれども私の手を握っていた脹相が私のことを引っ張って、そのまま脹相の腕の中にすっぽりおさまる。脹相はいつもニセモノのことを、複雑そうな顔をして見ている。

「嫉妬は醜いよ、脹相」
「…。早く行くぞ」
「だから引っ張んないでよお」

嫉妬とかではないと思うんだけど、強く私の手を引く脹相を見たら、そうなのかも、と思ってしまうもの無理はない。けれど正直内心私はそれどころではない。だって今からここに来るのは悟。あと帳が降りることによって高専の人たちも集まるだろう。

「さあ行くよ。戦争の幕開けだ」

真人は本当に楽しそうな顔をしていて、まるで遠足前の幼稚園児みたいだ。
みんな私の憂鬱なんて知ったこっちゃない。これから大切な人が死ぬかもしれないという私の憂鬱。
私は呪霊の支配する世界にも興味が無いし、かと言って人間が支配する世界にさほど執着もないけれど、でも、やっぱり自分が好きで関わってきた人達が怪我をしたり、死んだり、そういうのは本当に嫌だ。
でもどっちつかずな態度はいけない。それが一番自分を弱くするから。
私は、友だちを殺すかもしれない。
その覚悟は、こっちに寝返った時点で、しておかなきゃいけなかったんだ。
真人が連れてきた呪霊が数体。ニセモノが手配したのだろうか、呪詛師が数名。非術師を閉じ込めるための帳を下ろす。

「みんな、死なないでね」

その"みんな"には決して届かない言葉を、意味もなく呟いた。