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漏瑚めちゃくちゃ必死である。
花御が死んで焦ってるのかもしれないし、ニセモノが言ってた20分は過ぎている。
つかず離れず、人混みに紛れる戦法も人がはけ始めてそろそろ限界そうだ。漏瑚は気だるそうに何もしない脹相に対してキレ倒している。

「なに、また自分は呪いだとかなんとか思っちゃってる系?」
「思っちゃってる系だよ。てかもう、事実でしょ」

時に漏瑚の盾になったり、無駄だと分かっても応戦。もちろん攻撃は当たらない。
そもそも悟を怪我させるためにしてるんじゃない。ただの時間稼ぎだ。
また漏瑚が私のことを盾にして、悟はピタリと漏瑚への攻撃を止めて、隙に漏瑚が攻撃をして、悟は難なく受け流す。その繰り返し。
いつになく悟は怖い顔していて、殺意剥き出しで、ビリビリと地肌でそれを受け止めている感覚。鳥肌。でも、それが楽しい。

「寧々子は盾にするより人質にする方がいいんじゃない?」
「私が人質になったら降参するの?」
「ううん、ぶっ殺す」

だよね。と私は悟とは逆に笑いながらまた逃げる。
するとけたたましい金属同士の擦れる音。どうやら時間稼ぎはもう終わりのようだ。
線路上の人間を轢き殺しながら、電車がくる。真人がたくさんの改造人間を乗せて。
阿鼻叫喚とはこのことだ。さっきとは比べ物にならないスピードで人が死んでいく。
たまらないな、この匂い、この光景。
転がった肉片を拾い上げ、口に含んだ。ああ、何年ぶりの肉だろうか。ケーキとか、チョコレートとか、みんな美味しそうに食べる食べ物はまったく喉を通らないのに、こんなにもすんなり飲み込める。
胃がビクビクと痙攣して喜んで、視界がちかちかして脳が楽しんで、ヒヒ、と呪いみたいな笑い声が出た。

「そうだ、人肉工場を作ろう。人間食べたい"ヒト"もいっぱいいるよね…」
「えー、俺は食べないしいいかな。でも人間少し残すのは賛成だよ。週末は森に放して狩りをするんだ」
「ええ、それこそつまんなさそう」
「森ごと焼いていいのか?」
「花御に怒られるよ」
「「花御は死んだ」」
「……マジ?」

案外、真人は平気そうな顔をしている。付き合い長かったんじゃないのかなと思ったけれど、仲間を憂う気持ちとかはあんまりないのかもしれない。
真人はそのまま悟に攻撃を仕掛けて、呆気なく止められる。でも人を殺しまくる私たちに悟が混乱しているところに花御が塞いでいた天井からまた大量の人間が落ちてきた。
悟は、ある程度の犠牲を前提としている。でもその犠牲は私たち呪霊に殺される人間のこと。悟に殺される人間ではない。悟が領域を展開すれば人間は呆気もなく死んでしまう。でも、領域展開しないと人が死に続けて人が増え続けるこの状況は収拾がつかない。
だから迷わせる、集中させる。呪霊攻略と非術師救出。さあ、どう行動する。
人間なんていなくなっちゃえば、楽なのにーー


「領域展開」

「無量空処」


反応する暇もなかった。悟がまさか無量空処を展開。
一度、悟に引っ付いて見せてもらったことがある。宇宙みたいに綺麗な領域。まるで悟の瞳みたいな。



ーーー寧々子に領域展開を教えてあげる。
ーーーりょういきてんかい?
ーーー呪術戦における極致
ーーーきょくちってなに
ーーーイッチャンすごいってこと。
ーーーいっちゃん
ーーー寧々子には、お…僕よりも強くなってもらわなきゃ困るからね。
ーーー悟、なんで自分のこと僕って言うようになったの?
ーーー…うるさいよ
ーーーあとしゃべり方もなんか気持ち悪い
ーーーうるせえな、このガキ!


あの時、悟は一生懸命自分の乱暴な喋り方とか癖を直してて、気持ち悪かったし面白かった。
懐かしいな。あの頃に、戻りたいな。
そうだ、死んだら傑に会いに行こう。
地獄の奥の奥まで、探しに行こう。
それで二人で悟が来るのを待つの。硝子と夜蛾はきっと天国行っちゃうから、来れないと思うし。
そしたら少なくとも三人でまた一緒にいられるね。
そんな絵空事を思い描きながら、私は無限の情報の海の底に沈んで行った。