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私が目を覚ましてすぐ、漏瑚と脹相も起きたみたいで寝ぼけ眼でニセモノのところに集まった。未だ涙の止まらない私を、脹相が心配してくれているのか頭を撫でる。私はその優しさに縋るように、脹相にぴったりとくっついた。
ニセモノは大変に嬉しそうな顔をしている。けれど獄門疆を手に、今後の行動について話そうとした瞬間。獄門疆がカタカタと揺れだし、床を砕くほどの勢いで地面へ落ちた。隕石でも落ちたみたい。

「何コレ、どういうこと?」
「封印は完了している。だがまだ獄門疆が五条悟という情報を処理しきれていないんだ。暫くは動かせないね」

その言葉を聞く、小さな気配。天井に、盗聴器のようなものだろうか、すぐに真人が壊したけど恐らくもうバレてしまっただろう。いつの間にそんなものを取り付けたのか。獄門疆を動かせない限り私たちはここから離れられない。高専のみんな、ここ目指してくるだろうな。
五条悟という情報を処理しきれてないとかどういうことだ。やっぱり、悟って悟なんだな。どこでどうなってもそれは揺るがない。なんか、涙引っ込んできた。そもそもどうしてこんなに流れているかも分からない。

「大丈夫か?」
「うん、平気。ありがと脹相。」

心配してくれている。にーっと口を釣りあげて笑うと変な顔をされてしまった。泣いたおかげで鼻がずびずび、詰まって変な声になる。

「いやーバレたね。こっちの状況。術師が総力上げてここに来るよ」
「みんなこれからどうするの?」
「私はここに残るよ。獄門疆から離れる訳にはいかないからね」
「ぷ、寧々子、なにその変な声」
「真人うるさい」

睨んでやりたいところだけど睨んだところでどうせ茶化される。こういうとこ、本当悟に似てる。

「俺は弟の仇、虎杖悠仁と釘崎野薔薇を殺す。その後高専に保管されている他の弟たちを回収する」
「え、殺すの…?」
「釘崎とやらは知らんが虎杖は駄目だ。宿儺にする」
「関係ない」
「あ゙ん?」
「私、野薔薇ちゃんと仲良いんだけど」
「それも関係ない」
「あ゙あん?」

二人を殺したい脹相VS悠仁殺したくない漏瑚、野薔薇ちゃん殺してほしくない私
二人で脹相睨みつけ、睨み合い、その辺にいる輩みたいな煽り方。
ていうか悠仁のこと宿儺にしようとしてたこと今更知った。言ってよそういうこと。
悟封印。宿儺復活。そりゃ人間の時代なんて終わるわ。勝ち目ゼロでしょ。
「落ち着いて」と、そんな三人を宥めるように割って入ったのはまさかの真人。でもそれは、宥めるためではない。

「やっぱ俺も、虎杖殺したいかな」

にっこり言い放った真人を見た漏瑚の顔ときたら。

「真人!!何を!!」
「五条悟の実物を見た感じさあ。五条を封印した今、術師と呪霊はイーブン。宿儺が復活すれば超優勢、ほぼ勝ちってことでしょ?」
「まあ、そうだね」
「じゃあさ、今の戦力でも勝つ時は勝つってことじゃん?虎杖殺しちゃお。大丈夫、宿儺なんていなくたって、俺たちなら勝てるさ」
「え、やばあ、すっごい自信じゃん。そういう奴ほどすぐ死ぬよね」
「まずは寧々子から殺そうか」
「ひい」

めっちゃ笑顔で言われた。怖すぎるわ。
でも本当にそう思うから。すごい自信。どこから湧いてくるの?その自信に見合った実力はあるのだろうけど、術師ナメすぎ。痛い目合うことを希望する。

「…本気か?」
「本気と書いて大マジさ」

漏瑚は気難しい顔をする。きっと真人の発言に納得出来ていないのだろう。

「宿儺は味方ではない。復活したことで儂らが負うリスクの方が大きいかもしれん。だが宿儺が復活すれば確実に呪いの時代が来る。儂らは今の人間どもとは違うのだ。死すら恐れず目的のために裏表のない道を歩む。それが偽物共にはない呪いの真髄だ」
「違うっしょ。軸がブレようと一貫性がなかろうと偽りなく欲求の赴くままに行動する。それが俺たち呪いだ」

呪いの考えていることは極端すぎてよく分からん。ちらり、ニセモノを見やれば目が合って、呆れたように肩を竦めて笑った。
でも、このヒトたちもこのヒトたちで、自分の在り方を一生懸命模索して、もがいて、精一杯なんだろうか。その点、真人は純粋に利己主義というか、そう思うとめちゃくちゃに分かりやすいけれど。

「ゲームをしようよ。俺が先に虎杖と遭遇したら奴を殺す。漏瑚が先なら指を差し出して宿儺に力を戻せばいい」
「俺が先なら俺がやる。いいな?」
「おい!」
「なら私が先なら二人守っちゃう」
「おい!!!」
「おっ、脹相も寧々子も参加する?勿論いいよ」
「小娘!術師を守るなど貴様はどちらの…」
「私は自分の味方でーす」

真人の言う通り。偽りなく欲求の赴くままに。
私は呪いだ。認めたからには好きにさせてもらおう。
呪いの世界にも人間の世界にも興味はない。だけど私の好きな人くらいは残ってくれている世界であってほしい。それが私の欲求。
たとえその好きな人たちが、それを望んでいなくても。
この考えは呪いらしいだろうか。中途半端な私の、小さな欲望だ。

「夏油はどちらかと言えば漏瑚派だろ?どうする?」
「私は遠慮させてもらうよ。好きにするといい。私にとって宿儺は獄門疆が失敗した時の代案に過ぎない」
「馬鹿馬鹿しい。術師たちは虎杖含め皆五条を助けにここに向かって来る」

漏瑚が話してる最中、くい、と脹相に手をひかれた。
え、もう行くの?漏瑚一生懸命話してるのに?

「ならばここで待てばいい。話にならん」
「よーいドン!」

漏瑚が喋ってるのなんておかまいなし。真人の掛け声と共に走り出す。陀艮までついてきてる。私は脹相に手を引かれたまま走り出して、あれ、このまま一緒に二人見つけちゃったら脹相とガチンコバトルになるんじゃないの、なんて思いながら脹相について行く。

「脹相、私とケンカしたいの?」
「離れたくないだけだ」

え、なにそれ、照れる。
でも脹相、二人のこと殺す気満々じゃん。本当に一番乗りに見つけちゃったらどうしよう。

「脹相は私のこと大好きだねえ」
「寧々子とはもう血を分けている。兄妹みたいなものだ」
「…兄妹はあんなえっちな血の分け合い方はしないよ」
「…。それもそうだな」

では夫婦になろう。とガチなトーンで言われて、思わず立ち止まる。でも脹相は止まらないからそのまま引っ張られて普通にこけた。

「め、おと…?」
「混ざりもの同士。丁度いいだろう」
「え、ええと、」
「正直あの男の近くにはいてほしくない」
「あの男って、ニセモノのこと?」

脹相は答えないけど、その目を見たらそうだということなんて、言葉で返事を聞かなくても分かる。
え、なんだろう。脹相って、え、そうなの?
胸がドキドキうるさくなってきた。顔も熱い。真っ赤になってるかもしれない。
そんな狼狽えた私の顔を見て脹相は満足気に笑った。