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東急百貨店に到着。
血の匂いが濃い。特に新田ちゃん。確実に深手を負っている。七海にそれを伝えると担いでいた私を地面に下ろして、普通に開ければいいものの、入口のガラスを拳で粉砕。ガシャアッと、大きな音を立てた。
散ったガラスをパキパキと踏みながら、歩を進めて行くと、そこにいたのは、やはり野薔薇ちゃんと、倒れた新田ちゃん。そして、血の滴る刀を持った、恐らく、呪詛師。

「寧々子さん!?…と、七海さん…?」
「いいんだっけ、黒じゃないスーツも殺して」

呪詛師が私たちに気を逸らしている間に倒れている新田ちゃんに目配せ。エスカレーターで逃げろと目で訴えるとすぐに理解してくれて、ゆっくり這いながら移動してくれる。

「キミ、あれじゃん、受肉体の子でしょ。あれ?こっち側じゃなかったけ」
「…。」

新田ちゃんが無事エスカレーターに乗ったことを確認。七海も動き出す。

「いや、状況見てよ。何勝手に動いてんの?女の子が人質…アレ?」

このタイミングで新田ちゃんが逃げたことに気がつく。結構この人、馬鹿かもしれない。
その隙に七海は距離を詰めて、呪詛師にしょっぱい攻撃を食らっていたものの、屁でもなさそうだ。そして、拳で一撃。十劃呪法。7:3で線分し強制的に弱点を作り出す。普通に怖い術式。私も実はちゃっかり手に入れている術式だけど、私が使うんだったらもっと呪具に頼らないときっと使いこなせない。こんな拳で人を吹っ飛ばすなんて無理だ。
呆気なく一殴りで壁にぶち当たった呪詛師はボタボタと血を流しながら、膝をガクガクさせている。なんか、これから起こる未来を予想して、可哀想になってきた。

「仲間の、数と配置は?」

きっと本当にその答えを知らない呪詛師は正直に答えても赦してはもらえない。そりゃあそうだ。だって七海を怒らせたんだから。
また殴られて、内臓が破裂でもしたのかという程の吐血。呪具だろうか、人の手がついている奇妙な刀が七海へ飛んでくるけれど、それは野薔薇ちゃんのナイスアシストで遮られた。
ああ、もう、終わりだ。

「ここに来るまで、何人もの補助監督が殺されていました。アナタですね?」

ごめんなさい。その言葉を言い終える前に、呪詛師はまた殴られて、ショーウィンドウをぶち抜き道を挟んで向こう側の建物の壁へめり込むほど、吹っ飛ばされて、気絶している。
これが七海建人。私にしたさっきのビンタなんて、子どもを叱る程度の可愛いものだったんだと再確認する。かなり痛かったけど。かなり痛かったけど!

「寧々子さん…!今までどうして…」
「まずは新田ちゃんのとこ行こうか、野薔薇ちゃんも止血くらいならできるから早く上に行こう」

エスカレーターで上に上がると、新田ちゃんは登った先で突っ伏していた。すごい出血。痛いだろう。完治は無理だけど、傷を塞ぐ程度なら私にもできる。あと、肉を食べたおかげだろう、調子もすこぶるいいのだ。
二人の傷の応急処置をして、今の状況について七海が二人に伝えている。
伊地知は無事だということ。今の渋谷駅の把握している範囲での現状。そして、悟が封印されたこと。
悟の封印については二人にはまだ情報がいっていなかったようで、B5Fからまだ敵は動けないと聞くと野薔薇ちゃんは感心していた。

「で、寧々子さんはどうして七海さんといるの?」
「…えーっと、」
「寝返ったそうですよ。呪詛師側に」
「あー、そうじゃないかって皆で話してたわよ。案の定ね」
「え!?皆で話してたの!?」

マジ?私ってそんな薄情な奴だと思われてたの?いや実際薄情なんだけど。
軽くショックを受けていると野薔薇ちゃんも新田ちゃんもクスクスおかしそうに笑っている。

「真希さんなんて『アイツぜってー私は呪霊だーとか言ってピーピー泣いてるぜ』て言ってたしね」
「パンダくんも似たようなこと言ってたっス」
「ちなみに夜蛾学長も呪霊や呪詛師に絆されている可能性の方が高いと」

なんだい。バレバレじゃないか。みんな私のことよく分かってる。
なんだかとっても複雑な気持ちだけど、あちら側に加担していたのは間違いではない。五条悟の封印も一切阻止しなかったし、人がおもちゃみたいに殺されていくところを見ても何も思わなかった。
あまつさえ、その肉を食べたのだ。禁じられていた、禁断の、甘い果実。

「あの、私…、だからね、敵…、」
「んじゃ、寧々子さんを漸く返してもらえたってことね」
「へ…」
「返すも何も彼女は呪詛師ではありません。ましてや、呪霊でも」
「いや、でも…」

狼狽えている私に野薔薇ちゃんが腕を伸ばして、ぎゅうを私を抱きしめる。

「おかえり!寧々子さん!」

髪の毛、いい香りがする。

「……ごめんね、本当に。」

ただいまとは言えない自分。抱きしめ返すこともできない自分。こんなにも簡単に赦してもらえるようなことじゃない。戻るのであれば、それ相応の罰は必要なんだ。でも、私は戻らないよ、野薔薇ちゃん。だって約束しちゃったもん。

「…私ね、味方ではないんだよ」

脹相と一緒に暮らそうって、約束しちゃったもん。
野薔薇ちゃんの肩を押し返して、できるだけ、明るく、にっこりと笑う。

「でも今は共闘しよう。私、みんなには死んで欲しくないから」

野薔薇ちゃんは少し悲しそうな顔をしたけれど、すぐに、その感情を取り払うように頭を振って私の手を握った。

「戻りたいって泣いて縋ることになりますよ」
「えぇ、想像できすぎて逆に怖いなあ」

野薔薇ちゃんのこと、好きだ。七海も伊地知も新田ちゃんも好きだ。
自分の行く道は自分で決めるしかないんだから、それは、真っ直ぐな道じゃなくても、フラフラでもいいかもしれない。
私は私の好きな人たちを守る。呪術師も、呪詛師も、呪霊も関係ない。
でも、守りたいその"みんな"には、ニセモノの傑も含まれちゃっているかもしれないね。