07

渋谷。私にとって食料でしかない人間たちで、ごった返している。
あまり一人で来たことはないけど、どうやら私はそこそこ可愛いらしい。いや、簡単にヤれそうだと思われているのだろうか、先程から、たくさんの男に声をかけられる。

「ね、きみどこの学校?」
「カットモデルとか興味無いかな?」
「ラインおしえてよー」
「ねえねえきみ彼氏いるの?」

でも声をかけてくるのは同世代か少し上くらいの男ばかり。間違っても食べちゃったりしたら"私の身が"危ないから、やはり食欲のそそらない男を選ばなくては。
辺りを目だけで見渡して、ビルの下、汗をハンカチで拭いながら電話をしている頭の薄いオジサンが目に付いた。
ーーいけるかな?
電話が終わるのを遠目で待ちながら、様子を伺う。
電話の相手に必死でペコペコ頭を下げて、その頭のてっぺんは脂が浮き出ていて少し光っている。
ーーうん、いけるかもしれない。
電話が切れたと同時にすぐに近づいた。
コンビニのアイスコーヒーをちゅーっと吸いながら、その男を横切る瞬間に

「きゃあ!」
「うわっ!」

転ぶ。
コーヒーはぶちまけて、男の足元を汚した。

「ご、ごめんなさい!スーツが…」
「えっ、い、いや、いいんだよ…高いものでもないし…そ、それより、き、きみ、大丈夫かな?」
「それよりスーツと靴が……。ご、ごめんなさい……ちゃんと弁償しますから…」

跪いて、きゅ、と手を握る。
男はわかりやすく、動揺している。

「あの…ネカフェ、あるし、そこで一旦、着替えませんか?」
「え…」
「汚れ…落とさないと……」
「う、うあ…え、ええと…」

これは釣れる。
行きましょう、と、男の手を引く。
男は抵抗しない。
きゅう、と再び握ってやると男の肩がはね、喉が、上下に動いた。

「援助交際とは感心しませんね。寧々子」

気配もなく、私の肩を掴む手。

「な、七海…」

変なメガネ、変なネクタイの、七海建人。
悟と硝子と傑の後輩。脱サラ呪術師。

「な、な…俺は違う!こ、こいつが…!!」
「この娘はあなたの手には負えません。他を当たって下さい」
「ち、父親か…!?お、おれは何も知らねえよ!」

手を払われて男は逃げていく。
なんで七海がここにいるんだろう。
なんてタイミングの悪いことだろう。
七海は「父親…」とショックを受けているのか、変なメガネをくい、と上げた。

「こんなとこで何してんの、パパ」
「あなたのような非行少女を娘に持った記憶はありませんが、あなたこそ何をしているんですか」

怖い。なんか怒っている。
肩を掴まれたまま、その手はギリギリと音が立つくらいに力を入れられてて、痛い。

「処女捨てようとしたの」
「…それになんの意味が?」
「何か得られるならそれでいいし、意味が無いならそれはそれでよかったの」

私がまだ5歳とかそこら辺の時から私のことを知っている人だ。身内ではないにしろ、多分すんごく複雑な気持ちになっているとは思う。

「高専には内緒にしてくれる?」
「いいえ。あなたは子供で私は大人。保護者に報告する義務があります」
「体はもう立派な大人よ」
「子どもですよ」

任務だったのだろうか、手を引っ張られ、連れていかれた先には車があって、アッシーの伊地知が乗っていた。こりゃあ強制送還のパターンだね。

「じゃあ七海が私の事大人にしてくれる?」
「性行為は子どもにもできます。私が言っているのは精神的な話です」
「…、同い年の男の子だったらいいの?」
「良いも悪いもありません。ただ先程の方と関係を持つというのは、絶対に引き止めるべき行為です」
「だって食べたくなっちゃったら怖いじゃん」
「だから彼を選んだ?」

ぐぐぐ、と握る手の力が強くなる。痛い。やっぱり七海は怒っている。
七海はめちゃくちゃまともでまじめな人間だから、こういうの許せないんだろうな。
売春。援交。
そんなつもりは毛頭なかったけど、まあ、そうなるわな。

「寧々子。これはあなただけの問題ではありません。なんせ、彼を選んだことによって彼の人生をも大きく狂わせる可能性があります」
「まーーー犯罪だしね」
「わかっているなら何故やる」

何故って。あんなおやじのことなんて、私の知ったことではない。ていうか私の処女をあげるくらいだからむしろ有難いことじゃないか。

「何にせよ、これは要報告です」
「……お好きにどうぞー」

車に乗り込むと伊地知は私がいることに対して驚いていたけど七海の様子から何かを察したらしく、空気を呼んで黙って車を動かす。
高専に帰ってからはまず夜蛾に報告されゲンコツで怒られて、硝子には「かしこい選択ではないね」と冷たい目を向けられ、悟には、
何も言われなかった。
ただ、ため息、ひとつだけ。
みんな私のことを反抗期のクソガキだと思ってる。七海だってそう、みんなそう。面倒くさいなあと、その表情でわかってしまう。
満たされない。
私はちっとも、満たされない。

「お腹…すいたなあ…」

誰の血かもわからない、輸血パックを片手に
チューチュー吸いながら、私は自室へ戻る。
虫のように、人の血を、吸いながら。