08

「お前なにしたの?」
「しゃけ」
「本当にな」
「…べっっつにーーーー」

教室で私が書いているのは反省文。夜蛾に言われて、原稿用紙10枚分も書かなきゃいけない。
反省もしてないのに反省文書かなきゃいけないなんて、こんなの意味がないって誰でもわかるのに、どうして大人はこんなものを書かせたがるのか。

「真希ちゃんみたいにおっぱいおっきかったらなー!!!」
「何言ってんだこいつ」

ボコッといつも持ってる棒で真希ちゃんに殴られる。
美人で巨乳はむしろ罪だぜ真希ちゃんよ。
とりあえず反省文の書き始めは『巨乳じゃなくてごめんなさい』だ。
乳って書いたところでまた真希ちゃんに殴られた。

「今日、転校生くるって知ってるか?」
「え?初耳〜」
「ツナマヨ」
「なんか同級生4人もロッカーに詰めたんだと」

パンダがなんでか知らないけど自慢げにいうもんだから、少し気になるけどまったく興味のないふりをした。だってなんか偉そうでムカつく。
反省文を『微乳でごめんなさい』の『微』まで書いた時点でスパン!と教室の扉が開いた。

「転校生を紹介しやす!テンション上げて!みんな!!」

うざいほど元気な悟がうざいテンションでポーズを繰り出す。ダブルピースはないだろ。
転校生とか全く興味なくて覚えていなかったけど、なんかみんな白けていた。
真希ちゃんが言うには、随分と尖ったやつらしいからそんなやつのために空気作るなんてしゃらくせえということだった。
確かにーと思いながら『微乳でごめんなさい』の『さ』まで書いた時点でその転校生は教室へと入ってくる。

少女の呪いを引き連れて

「乙骨憂太です。よろしくお願いしまーー」

す。まで言わせてあげりゃあいいのに真希ちゃんは呪具を転校生の顔のすぐ横、黒板に突き刺した。

「これなんかの試験?おい、お前、呪われてるぞ」

パンダも棘も臨戦態勢。私だけ出遅れて、『特別美人じゃなくてごめんなさい』の『ご』を書こうとしているところだった。
転校生、乙骨憂太は里香という幼なじみの少女に呪われているらしい。
乙骨のことがだーい好きな呪いらしいが、間違って手を出してしまったら多分殺される、と丸わかりの恐ろしい呪いである。
というわけで暴れた里香にボコボコにされた私たち(私に限ってはとばっちり)は黙って悟に自己紹介させられることになった。

「呪具使い、禪院真希」
「呪言師、狗巻棘」
「非行少女、夜蛾寧々子」
「パンダ」

なんか約二名説明がおかしかったが、まあ気にしない。乙骨はあからさまにパンダに対して動揺していた。まーパンダが喋ったりしてたらビックリするどころかむしろ冷静になっちゃうよね。

「午後の呪術実習は、2-2のペアでやるよ。棘・パンダペア、真希・憂太ペア」

私は?
悟の方を見やると、さっきまでにこにこ笑ってたのに、怖い顔になっていた。

「寧々子はしばらく外出禁止だよ」

凪のように、起伏なく、感情のない声。
ドキ、と一回、心臓が大きく動いて、あとはその余韻だけでも息苦しく、学ランの襟元を少し広げた。

「反省文10枚、必死で書いてよね」

またいつもの調子の声に戻って、他のみんなは「ほんとにおまえ何やったの?」と視線だけで聞いてくる。
エンコーなんて言ったら、パンダに殴られ真希ちゃんに厭われ棘はもう私に近づきすらしないだろう。
そこは悟も別にバラしたりしないし、ほかの先生だってそうだ。
私のことをどうしようもないクソガキだと思っているのに、大人は私のことをしっかり守ってくれる。
みんなも私の事なんて放ったらかしにして実習に出ていった。
ポツンと1人残された教室。そもそも少人数用の小さな教室。それでも3人いるのと1人じゃ広さが全く違うように感じる。
カリ、自分の指を噛むと、自分の味がした。
私の肉も、別に悪い味はしない。
ただそれでお腹がすいたら自分を食べちゃおうとかそんなことは毛頭思わない。生存本能とかいうやつか。てか怪我すれば腹が減るし、自分を食べて空腹を誤魔化すのは、いたちごっこというか堂々巡りというか、全くといって意味の無い行為だから、やるだけ無駄。
さて反省文10枚。400字の原稿、4000文字?
そんなの絶対書けるわけない。
しばらく考えてそれらしい文字を並べて書いてみたが、1枚が限界だ。原稿用紙をくしゃくしゃに丸めて床に捨てる。書かないことによって罰を受けたりするならもうそれでいい。そもそもいつまでかも分からない外出禁止期間がのびたってかまわない。
むしろ両手両足をしばりつけて、動けないようにしてくれればいいのだ。

「まさか七海がいるとはな〜」

何か変わるかもと思ったのに。
ほんとに、淡い期待だったのに。
変わらなきゃそれでいいし、意味のある行為じゃないって分かるんだったらそれでよかった。それで何かを失ってしまうんだったら、それが分かるだけでもよかったのだ。

「七海がいなかったらそのままホテルだったのに?」
「っぴ!!」

突然目の前に現れた男に驚いていて、椅子から転げ落ちる。
え、なんだ、実習に行ったんじゃなかったか。あれ、もうそんなに時間経ったっけ。
思考が駆け巡り、目を何回瞬きしても目の前にそいつはいる。

「さ、さとる…なんで?」
「そりゃあキミだけ放っておくわけにもいかないだろ」

大丈夫、他のみんなの実習は終わったから。
真希ちゃんが怪我をしたから今は病院にいるらしく、でも別に大した怪我では無いので安心して、と言われて、いやあ別に心配なんてしてないけど、なんて言葉は伏せておいた。

「昨日は詳しく聞けなかったし、今から面談だよ」
「えっと…?」
「パンツ見えてるから起き上がったら?」

転げた状態のまま放心していた。私の可愛い白の総レースの紐パンが丸見えになっていて、今更こいつ相手に恥じらうこともないのだが、なんかお気に入りの気合十分なすけすけパンツを見られたのはなんか恥ずかしい。
こほん、と誤魔化すように咳払いをし、起き上がってスカートのほこりをはたく。
動揺なんてしてませんよ、とふりををして、静かに椅子に座り直した。

「なんであんなことした?」
「…七海から聞いてないの?」
「聞いたよ。それでもまた聞いてんの」
「…セックスしてみたかったから」
「へーそれで昨日もそんなパンツ履いてたんだ?」

昨日は…どうだったけ。
あまり気にしてはいなかったので思い出せないが「綿パンだったと思います」と答えた。
確かに昨日履くべきだったな、今日のパンツ。ていうかがっつりパンツ見られてやんの。ウケる。

「そんなに欲求不満なの?」
「まあ…、そっすね」
「じゃあ僕とする?」
「……。は?」
「知らないおじさんとするくらいなら、僕としてもらった方がマシだ」

笑ってしまった。
なんてこと言うんだろうこの人は。
わざとなのか知らないけど、目隠しの包帯を上げて少しだけ、あの綺麗な瞳が覗いて、その瞳には私が映っている。まるで私がその瞳の中に囚われているみたいで、その中の私はとても滑稽だ。

「それが一番いいと思って言ってる?」
「一番いいとは思ってないよ。でも昨日みたいなことになるくらいならこっちの方がいい。本来なら君は然るべき相手と自然に恋に落ちて、自然にそういうタイミングがきて行為をする。それが一番だろ」
「然るべき相手が…この私にできるって…?」

人を食べるようなこの私に?
恋ができるっていうの?
洒落臭いって言葉は、こういう時に使うべき言葉なのかな。

「一緒に食事もできないような、私に、恋人ができるって…?」

本気で言ってるの?
他人とお風呂入っただけで涎が止まらないようなこの私に?
友だちの脚を見てなんて美味しそうなんだろうって思ってしまうこの私に?
明太子って聞いただけで気持ち悪くなって吐いちゃうこの私に?
お腹が空いただけで暴れ回るこの私に?
おばけやしきの子と、名前も顔も知らない人たちに指をさされていた、この、私に?

「できるわけないじゃん」

口が吊り上がり、パペット人形のような笑い方。綺麗な瞳に映る自分がブスすぎて、嫌になる。
もう、わたしのこと、見ないで
と、自分の手で悟の視界をさえぎって、私は教室を出る。
別に呼び止めたりはしない。
そんなに気の利く男じゃない。
ニコニコ笑いながら廊下を歩く。大丈夫、窓にうつる自分は悟の目に映る自分よりも可愛い。
ていうか自然なタイミングっておまえ。不特定多数とやりまくりだったお前が、ほんとに洒落臭い。