09

わかりやすい夢を見た。
悟とセックスする夢だ。
すんごく気持ちが良くって、悟もすんごく優しくて、
でも悟の瞳にいる私が、とてつもなく醜い姿をしていた。
鬼の姿。
クロのような、姿をしていて
それを見た私は思わず悟の首に噛み付くの。
そして悟を食べてしまう。
そんな夢を見た。

「最悪だ」

現実的には悟を食べちゃうなんて有り得ないだろう。その前に殺されるわ。
それまでは中々にいい夢だったんだけどなあ。
まあ相手は悟だけど。

「寧々子。起きてる?」

コンコン、とノックの音と共に、私を呼ぶ声。
なんてタイミング、五条悟の声じゃないか。
出なきゃだめかな。だめか。
気が進まないが扉をあけて顔だけ出すと、いつもの調子のいい彼が「おはよう!」と手を挙げていた。

「…さよなら〜」
「待って待って、任務だよ!」
「外出禁止じゃ?」
「だから僕と一緒に行くんじゃないか!」

なんでこいつこんなにテンション高いんだ。
いぇいいぇいとダブルピースして笑っている。昨日のこともすっぱり忘れてるんじゃないの。て思うくらいのテンションだ。

「……どこで」
「町田!」
「…、七海がいい。チェンジ」
「そう言うサービスうちないんで〜」

ほら、早く出るよーと無理やり手を引かれ、ちょっと待ってと言う前に、そのまま部屋を出てしまった。

「服くらい着てもいいすかね」
「……。そうだね、服は…大事だね?」

極力薄着で寝たい派の私はキャミソールにパンツだけの格好。
目隠ししてるから見えてるのか見えてないのか知らないが、悟は少し固まって、パ、と手をはなした。
支度をすませ30分ほど経った頃、ロビーで待っていた悟は今度はなぜかご機嫌ななめだった。
気分屋さんかよ、生理前かこの男。
伊地知の車に乗り込んで、町田まではどのくらいだろうか。
前情報では本屋さんで怪奇現象。店員が一名行方不明ということだが。

「で、私は何をするの?」
「呪いを祓うんだよ。何の為に学校行ってんの?」
「ねー伊地知なんでこいつこんな機嫌悪いの?」
「わ、私に言われても…」

伊地知はいつも悟にびくびくしてるなあ。怖いもんなこんな精神不安定な男。すぐキレるし。
しばらく車を走らせて、目的地に到着したのか伊地知が車を停めた。
どよんとした本屋さんの前。呪いの気配はするけど多分4級くらいの雑魚しかいない。

「これほんとに悟必要だった?」
「だから。寧々子が今監視対象だから僕がいるんだって」

分かるだろそれくらい。て言葉をつけ加えてため息。
え、まじでうざいことこの上なし。
じゃあ一人で行くので帳かけて車で待ってて貰えますかー?と逆に笑顔をむけて、車を後にする。
本当にそのつもりのようで、悟は車から降りてこなかった。
本屋の中は暗くてしぃんとしてる。
実は車を降りる時、悟には報告しなかったことがある。
多分、行方不明の店員、死んでる。
だってすごい匂いがするもの。
すごい美味しそうな匂いが、するもの。
任務前の血液450mlもしっかり飲んだし、念の為、気を紛らわすために指を噛み切る。痛みがあって空腹状態じゃないなら死体見ても結構我慢出来る、はず。

『カバー…つけ…ま…すか…あ』

いた、呪霊だ。
横脇には男の死体もある。
大丈夫、雑魚だ。さっさと祓って車へ戻ろう。

「はいおわり」

ごくん、傑直伝の呪霊操術でさらっと取り込んで終わり。特別なこともしなくてよかった。
本当に五条悟を連れてくるような案件ではない。むしろ私を向かわせる必要すらない。
なにか他に隠れている?
と勘ぐったが、他に呪いの気配はない。

「…。」

となれば、この死体と私の一騎打ちとなろう。
今食べちゃえば、バレないんじゃない?

「…。」
「…。」
「…。」

ぐうう、とお腹がなる。
ヨダレだって出てきた。

「…。」
「…。」
「…。」

こういう時は、この人を食べたら誰にどう思われるかを想像するんだ。
たとえば夜蛾。
きっとショックを受けて、いつもはガミガミ怒るけどこの時ばかりは怒らないだろう。きっと悲しむ。
たとえば七海。
真面目にお説教をしてくる。彼は私のことを特別視してないから、上に報告する、て、変なメガネを触りながら冷たい声で言うだろうな。
たとえば硝子。
怒ったりもしない、責めたりもしないけど、やっちゃったか、ってあれほど言ったのにお前はって、軽蔑する。
たとえば、傑。
私のことを多分受け入れてくれる。この世の猿は全部私のもので、全部好きにしていいんだよって言ってくれる。
たとえば、悟。

「…。」

もうきっと、
わたしのこと、

「…。」

きっと、きっと

「…。」

馬鹿なのか私は。
あいつにどう思われようと、あいつとどうとなることはない。分かっているのにどうしてだろう。初めて会った時から、悟のことは怖くて嫌いだ。
小さい私の頭をかち割って、殺意いっぱいに私を見てきたあの日から、悟は怖くて嫌いだ。
でもあの瞳なんだ。
あの人の瞳に私は心の全てを奪われた。
あの瞳だ。私は虫だから。もう、あの瞳からは逃れられない。

「……ばっっっかみたい」

男の顔は口が裂けていて、その傷から血が滴っている。その血を掬いとって、舐めた。
鳥肌がたつ感覚。
全身が満たされて、幸福感に包まれる。
この男を食べても別に誰も困らない。だってこの行方不明の男は実は殺人犯で、少女を数人、殺している。家族もいないし、親にも見捨てられている。

「食べちゃおうかな…」

でも、悟にどう思われるかではなく、悟の瞳に、どう映るか
重要なのは、そこだ。
やはり私には、この男を食べることはできない
できれば悟の瞳を、私のせいで汚したくはない。

「…、悟」
「なに」

返事が聞こえて、びくんと肩が跳ね上がる。
振り返ると未だに機嫌の悪そうな悟が背後に立っていた。
呪いの気配がなくなったのに戻ってこない私が何か悪さをしていないか見に来たのだろう。

「私がこの人食べたら、悟、どう思う?」
「…何の為に人が必死で血抜いてやってると思ってんだ?」
「だよね」

悟はいつも、献血だってこんなにとらないよ?ていうくらい、私にたくさん血を分けてくれている。
悟だけじゃない。本当は硝子だって七海だって伊地知だって他のみんなだってこそこそ私のために血を分けてくれていること、知っている。みんな内緒にしているけれど。その好意を無下にすることはできない。

「私ね、虫なの」
「はあ?」
「悟に寄って集る蚊…、蛾でもいいな」
「何言ってんのお前?」
「私にそんな価値はないよ」

こんなやつを守ってやる必要はない。
さっさと呪いとして祓ってしまえばいいのだ、てかむしろ当初は凶暴化する前に処分て上から言われていたはずなのだ。
それでも悟が、俺が面倒見るって、そう言ってくれたから

「やっぱあの話有効?」
「…なに」
「私としてくれるって」

黙って、悟は目隠しを外す。
綺麗な瞳が私を映している。
夢を思い出した。私が悟を食べてしまう夢。
そんなの有り得ないのに、悟に触ってもらってる感触も、肉の食感も生々しくて、そしてなにより、私は、鬼の姿になっていた。
悟の瞳の中の私は、今は人の形をしている。

「…や、今のなし」
「お前、俺の事好きだよね」
「は?」

思わず素っ頓狂な声が出た。
あと自分のこと俺っていうの、久々に聞いたな。

「行くか」
「え…」

悟に手を引かれ、本屋を出ていく。
車で待っていた伊地知が慌ててエンジンをかけるが、「電車で帰る」って、そのまま伊地知を置いていってしまった。
手を引かれ、人をかき分け、どこに向かっているのかは分からない。ムカつくほど脚の長い悟に追いつくので必死で、あたりを見回すことすら出来なかった。

「ね、ねえどこ行く…の」

その質問をしたと同時に、足が止まった。
入口が塀で隠された、なんだかおしゃれな建物の前。
ご休憩が何円だとか、ご宿泊が何円だとか、
入ろうとしたことすらないが、ここがどんな場所がすぐにわかった。

「だ、だめだよ悟。さっきの冗談だって」
「…。」

悟は黙ったまま、さらに私の手を引く。
慣れているのか手早く部屋をとり、あっという間にエレベーターに乗せられ、あっという間に部屋の中に押し込まれてしまった。

「え、ま、まじでさっきの冗談って、うわっ」
「黙って」

軽く押されて、そのままベッドへ倒れ込む。
ふかふかしてて、自分のベッドとは大違い。
そのまま悟は私に跨って、私の制服のボタンを外していく。

「や、やだ…悟、」
「…やだ?」

怖い声だ。
悟の瞳がまっすぐこちらを向いていて、その目にも怒気が含まれているのを容易く感じた。

「じゃあどうしたらやめてくれるの」
「な、なにを?」
「適当なおっさんひっかけようとしたり、私は虫だとかメンヘラみてえなこと言ったり、ゲロいんだよ」

あと傑とも会ってんだろ。といれてドキッとした。バレていたとは。いや、今はそういう問題ではない。
この状況をいかに穏便に済ませるかだ。

「あと、男が部屋に来た時フツー服着ずに出てくるか?」

なんか論点ズレてきた。
あれ怒ってたの?だからあんなに機嫌悪かったの?
それからは昨日のパンツがどうとかスカートの長さがどうとか最近化粧してるとか色気づいてんじゃねーぞクソガキみたいなこと言われて私の心のライフはもうゼロよ。

「不快にさせていたのなら申し訳ございません…」
「まったくね」

全部言ってすっきりしたのかフン、と鼻を鳴らし悟は私の上からのいてくれた。
ああ怖かった。悟に迫られたらそのまま脚開いちゃう自信はあったがどうやら私の勘違いだったようだ。

「えっと、今日のパンツはボクサーだからご安心…」
「知ってるからいーよ言わなくて」

そうだった。さっき見られていたんだった。
それは大変失礼致しました〜と頭を下げる。

「ええっと、じゃあ帰り…」
「3時間あるから寝る」

ドカッとベッドに倒れ込んできて、悟は目を閉じた。
寝息は聞こえるけど、本当に寝ているのだろうか。真っ白な髪にふれると、ふわふわしてて気持ちいい。猫、触ったことないけどこんな感触なのかな。
私もベッドに横になって、悟の顔をまじまじ見る。
何食ったらこんな美形になるんだろうな。まつげもばさばさで、こんな白い頭似合う男、こいつ以外にいるか?

「好きなのかな」

私。悟のこと好きなのかな。
イケメンだし抱かれたいとは思うけど、基本私の中では怖い人て嫌な人だし。
でも一番信頼してるのも、悟だ。
家族みたいなものだから?ずっと一緒にいるから?でも家族に欲情とかする?
まあ仮に私が悟に恋愛感情を持っていたとしよう。
100パーセント実ることなんてない。
天変地異が起きてもない。
だって先程もあの言われよう。悟にとって私はクソガキに過ぎない。

起き上がってぐっと背筋を伸ばした。
このままじゃ悟のこと襲っちゃうかもしれない。
さっき開けられたボタンを止めなおし、ソファに腰掛ける。
テレビをぴっ!てつけたら案の定アダルトビデオがついてて、思わずまじまじと見てしまう。5分くらい見ただろうか、悟に「んなもんガキが見てんじゃねー」て消された。予習だよ、いつかの時のための。
今日の悟はなんだが、高校生の時の悟みたいで、なんか少し、嬉しかった。