やってしまった。
私は雰囲気に流されて思ってもいないようなことを言ってしまうような人間だっただろうか。パンツも脱がずに一心不乱に腰振って。
あれから、この男の体力にはほとほと困ったのだが、 更に2回の行為を終えてなぜか私は今、夏油と一緒にソファで寛いでいる。いや、厳密には私は寛げてはいない。この私の肩に乗った夏油の重い腕と、密着した体をどうしたものかと考えているところだ。
ポチポチと夏油は自分の携帯を弄っていて、私はさすがに一緒に画面を見ることも出来ないから視線を壁へと逸らしている。
変な時間。なんて言うか、無駄な時間だ。

「あの」
「ん?」
「さっきの言葉、忘れてください」
「どの言葉?」
「ど、どのって」

こ、この男は。分かってて言わせるか。
顔が赤くなるのを感じて、信じられない、と夏油を睨むと、まさにニヤリという表現がピッタリの顔をしていた。

「す、」
「す?」
「好き、って、」
「…?」
「聞こえてますよね」
「もっとはっきり言ってもらわないと」
「な…」

もうこれ以上この男と付き合ってられるか。恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだ。
自分の仕事に戻ろうそれがいい、と立ち上がろうとするけれど、あれ、なぜか立ち上がれない。あれ、あれ、と不思議に思っていると、膝が異様に重たいのだと分かった。夏油の腕の重さではない。もっと別のなにか。

「…あの」
「どうした?」
「なんか体が重いんですけど」
「さあ、どうしてだろうね」

恐らくなにかが乗っているのだ。きっと猫のように丸くなって、私の膝の上に乗っている。ただじっとしている分には重さは感じないけれど立ち上がろうとすればたちまち重くなる。ふんばったらふんばる分だけ重くなって、とてもじゃないけど立ち上がれない。
諦めてソファの背もたれに背中を預けため息をつくと、「幸せが逃げてしまうよ」だなんて、夏油に肩を引き寄せられて夏油の頭と私の頭が、恋人同士みたいに重なった。
なんだろう、気味が悪いくらいに機嫌がいい。
こんなことは初めてなのでなにかこれから酷いことでも始まるのではないかと勘繰ってしまう。例えばやっぱり私を殺すつもりで今油断をさせているとか、そういうの。

「なにか企んでいます?」
「なにを?」
「なにか」

髪をこしょこしょ撫でられて擽ったい。んー、と夏油は考えている素振りを見せるけど、本当に考えているのだろうか、わざと耳元で低く痺れるような声を出されて耳に熱が集中して辛い。

「耳、真っ赤だよ。可愛いね」
「う、うるさいです」
「本当だよ、可愛い」
「他の猿にもそんなことを言ってるんですか、」

猿。その言葉を口にしたら、穏やかだった夏油の表情が一瞬だけ怖い顔になった。なにか考えているのか、どこを見ているのかも分からない、ボーッと何かを見ていて、しばらく夏油は喋らない。
なにか、なにか私は変なことを言っただろうか。ドクンと心臓が数回だけ大きく脈打つ。その後はその心音の余韻だけでも少し息が苦しい。

「そうだね、撫子は猿だよ」
「は、はい、猿ですが」

ようやく口を開いたかと思うと、分かりきった言葉。笑ってはいるけれども、細く、鋭い目が私を見つめている。その目に釘付けになって、まさに私に突き刺さってきそう。

「生かすも殺すも、私次第」
「…そうですよ」

溶けてしまいそうになるような声色。じゅわり。私の中でなにかが滲み出る感じ。

「撫子は私のモノだ」

大きな手がうなじに回って引き寄せられ、優しく唇が重なる。また、ジュワッて。滲み出てるのはとろとろの体液だったみたい。
またしちゃうのかな、なんてそんな期待をしていた。
舌を絡め合わせて、吸って、うっすらと開かれたその瞳が今は私だけを捉えているだなんて思うと、もうドロドロになってしまいそうだ。

「でも、キミだけ特別という訳にもいかないか」
「へ?」

パッと惜しむことも無く離された唇。その言葉を理解することはできなかった。
お腹が熱いと感じて自分の腹部を確認する。あれ、足りない。脇腹が抉れている。その抉れたところからなにか見えちゃいけないもの出てきているようにも見えるし、しかも膝の上になにかいる。大きな口で、目はなくて。多分だけど私の肉を美味しそうに食べている。
そうか、これが、呪いか。

「げ、とう」

不思議と、痛いなんて思わなかった。最後の力を振り絞って彼の名前を呼んだ時には、私はもう既に死んでいたのかもしれない。
霞む視界で、最後に見た光景は、
とても、冷たい表情をしているあなたの姿。どちらかというと、もう既に見慣れているその顔。さっきみたいに穏やかに微笑むあなたを見るよりも、私のことを猿として見るその顔の方が、ずっと落ち着く。
やっぱり、こんな男が優しいのには理由があるよね。
浅はかな期待をしてしまった自分を嘲笑いながら、私は深い眠りに誘われるように、瞳を閉じた。

その言葉は起爆装置