どうしてあんなことを言ってしまったのだろう。
まさかそんなあるわけないじゃない。
あの男には私の人生をめちゃくちゃにされた。何度抱かれたってそんな気持ちになったことなんてない。
そりゃあ
いい男だ。
見た目はね。
でも見た目だけ。
でもあの痺れるような低い声も、
好き。
いや好きじゃない。
とにかく私はあの男が憎かった。殺したいほどに。
でも逆に殺された。呆気なく、虫けらのように。
よくもまあさっきまで人様に欲情してチ〇ポおったててたくせにその相手を殺すよ。これは地獄には行かずに私が呪霊になって夏油を呪い殺すしかない。地縛霊にでもなんでもなってやる。呪ってやる。呪ってやる。
「呪ってや、……る?」
「あ、起きた」
やけに視界が明るくなったと思った。私を覗き込むのは美人なのに目の下にものすごい隈を作った女性。白衣を着ている。医者、だろうか。
「え、私、死んで、ない」
「死んでないよ」
「なんで?」
「まあ死にかけてたけど」
「…え?」
なぜだ。夏油が私を殺し損ねるとも思えない。混乱して、起き上がろうとしたら両腕と両足に違和感。そして起き上がれない。グ、と首だけ動かせば、私と両手と両足はそれぞれ縛られているのがわかった。腹筋の力だけでなんとか起き上がろうとするも、そう、抉れたはずの脇腹が痛んで、それも叶わない。
「おはよう、撫子チャン」
「え、え!?ご、五条…さん」
「覚えててくれたんだ。嬉しいよ」
次に私を覗き込んだのは、まさか、私があれほど会いたかった五条悟。しかし最早今更な人物でもある。
現実の人じゃないみたいな風貌。夏油よりも背が高いかもしれない。でも夏油よりも、華奢だ。
て、何を夏油と比べることがあるというのか。あまりにもジッと見過ぎてしまい、「やだ、僕狙われてる?」と彼は両手で胸を隠すようなポーズをして、やけに高い、猫なで声を出している。やだ、私この人苦手かもしれない。
「ここ、高専…?」
「当たり。覚えてない?キミ、高専のすぐそこで倒れてた。大怪我してね」
「そ、そんなわけない。だって…」
さっきまで夏油と一緒にいたのに。と言いかけて、その言葉を飲み込む。そんなこと言ったらどうなることか。現に今だって縛られている訳だし。
「だって…何?」
「いえ、私はあまり人には言えないような仕事をしているもので」
「女の子の斡旋とか?」
「…詳しいことまでは言えません」
私のことを調べたのか?にしても生きているとなるともう詰みだろうか。ここはあそこのような犯罪集団には見えないし、ついに牢獄行きか。
それなら死んだ方がまだマシだったかもしれない。
「うちの琢磨っていう呪術師から、キミがどうやら僕を探してるって聞いたんだけどね」
「…ああ、もういいんです、どうでも」
「そうなの?僕に抱かれたいとかじゃなくて?」
「…。」
「何その顔」
「いえ」
軽い。なんて軽い男だ。思わず顔が歪んでしまった。そんな私の顔を見て五条さんはくつくつと笑って「そんな他の男のキスマークつけまくった女なんて抱けないよ」と私の鎖骨を撫でる。冷たい指先の感触に体が跳ねて、縛られた両腕でその手を払い除けようにも呆気なく避けられてしまい、ギリ、と音が鳴るくらい、歯を噛んだ。
「うわ、緊縛とか趣味じゃなかったけどトビラ開いちゃいそう」
「馬鹿なことを言うな。そろそろ治ってるはずだ。体起こすよ」
「え、あ、ありがとう、ございます」
白衣の女性に背中を支えられ、礼を言うと「縛ってるのもこちらだから礼は必要ないよ」と言われた。確かに、とも思ったけど、きっとこの脇腹を治してくれたのは、この人なのだと思う。呪術のことは分からないけれど、きっと人の怪我を治すような術もあるのだろう。そうでなければあんな怪我を治すなんて考えられない。
「私はこれからどうなるんですか」
「ここで預かることになると思うよ。それか傑の情報聞き出すために拷問かな」
「拷問…ですか」
「傑のこと、隅から隅まで知ってるでしょ?」
やだー、いやらしいー。なんて五条さんは体をくねらせている。冗談に乗っかる気分にはさらさらなれず、白けた目で見てしまった。
隅から隅まで、なんて。そんなことはない。私が知ってるのはせいぜいチ〇ポをどう扱いたら奴が悦ぶか、そんなことしか知らないよ。
黙り込んでいると白衣の女性がため息混じりに、「その辺にしておけ」と五条さんを制止する。そして私に向き直り、黒く深い瞳が、私を見つめている。
「キミは夏油の恋人ってわけか?」
「…非術師の私が彼の恋人だとでも?」
「でも愛されているんだろう?」
「あい…?、」
愛されている。その言葉を処理するのにえらく時間がかかった。愛、愛って、あの愛?愛おしいとか愛くるしいとかの愛?夏油が、私を、愛してくれている。
えらく現実味のない言葉に、つい眉間に皺を寄せてしまった。
「何だその顔は」
「あまりにもピンと来なくて…。彼にとって私はただのオナホですよ」
「オナホにキスマークつける?」
「蹂躙してる感じがしていいんじゃないすかね」
「夏油は一人に固執するタイプだったんだな、意外だよ」
「オナホに固執とかキモくね?」
「まあ私もしっくりくるディルドくらいには思ってたかも」
「やだもう卑猥!ここ一応学校だからね!学び舎でそういう話止めてくれる!?」
あんなノリノリで会話に混ざっといてなんだ。五条さんって夏油とは真反対な気がするけれど本当に親友なのだろうか。
「とにかく、私と夏油はそんなわかりやすい関係ではないと思いますが」
「そのようだな。で、どうする五条」
「んーーそうだねえ。高専で働いてもらおうか!」
名案だ。とでも言いたげに人差し指をピンと立てて五条さんは明るく言い放った。
拷問はどうなったのだろう。「お断りします」とはっきり断ったらどうなってしまうのだろうか。それに非術師の私がこんな特殊な場所で働いて行けるとは思えない。いや、実際夏油のところで働けていたし、案外いけるのだろうか。
思考を巡りにめぐらせ、私が辿り着いた答え。
「私、今から夏油を殺してきます」
しばしの沈黙。五条さんは、サングラスの向こう側で目を丸くさせて、
「相当イカれてるね、撫子チャン」
心底面白いものを見ているかのように、笑った。