「そうかもしれないですね」
「怖い?」
「少し。でも、早く会いたい」
「ふふ、やっぱりあるじゃん、特別な感情」
「…殺意ですよ、純粋な」
薄笑いを浮かべる五条さんを背に、私は高専を後にする。気を利かせてくれて以前駅まで送ってくれた伊地知さんが車を出してくれた。
念の為縛られはしていたけれど、そもそも私を見つけてくれたのが伊地知さん。すぐに五条さんと家入さんを呼んで、私が高専いたのはここだけの話のようだった。
本当なら、それこそ拷問してでも夏油の居場所を知ることだってできたはずだ。処刑対象って言われているくらいだ。指名手配犯みたいなものだろうし。
でも私を見逃してくれた。
やはり、二人は学友で親友だったのだろう。
親友に裏切り、裏切られた心情はどのようなものだろうか。考えても理解してあげることは私にはできないのに、二人の気持ちに思いを馳せて、少し、胸が苦しくなった。
「伊地知さん、ありがとうございます。私を助けてくれて」
「い、いえ、私はなにも」
「あなたのおかげで私は何事もなく帰れているんですから」
「…お気になさらず」
しばらく車に揺られ、駅に到着。伊地知さんはいかにも事務職、公務員。って感じで、とても呪術師には見えない。とてもまともで優しい人。じゃなきゃ私なんかを助けはしないだろう。
再びお礼を言って車のドアをしめる。さて、私が向かう場所は。
「わあ、やっぱりここですか」
私の家。古い小汚いアパート。そこに不釣り合いな袈裟姿の大男。前も高専から帰った時、アパートの前で待ち構えていた。今回もそうかもしれないと思ったけど、鍵も渡してないのに勝手に部屋に上がってる。
私の姿を見て、彼は一瞬驚いたような顔をしたけれどすぐにいつもの余裕のある顔に戻った。
いつも、面白くもなんともないくせに、ニヒルに笑う、その顔。
「驚いた。戻ってくるとは」
「驚いたのは私ですよ。なぜ殺さなかったんですか?」
「さあ、どうしてかな」
暗い部屋で立ち尽くしてる彼。こんな場所にどんな気持ちで来たか知らないけれど、お構い無しに電気を付けて、お構い無しに風呂場に向かいお湯をはる。丸一日寝ていたらしいので髪もベタベタだし顔も酷い。先に風呂だ。
「一緒に入りますか?めちゃくちゃ狭いですけど」
「遠慮するよ」
「あなたがつけた傷の痕がありますよ」
「…それは、見てみたいな」
この家に脱衣所なんてものは無い。その場で服を脱いで、見てみたいと言うならば見せつけてやる。
傷一つなかった、肌荒れもなく綺麗な体だったと思う。でも今の私のお腹には爛れたような痕がある。この罪は大きいぞ。
「貴方のおかげで呪いが見えるようになりましたよ」
「そうか」
「死に際になると見えるようになるらしいですね。怪我が治った今でも見えてます」
「ふ、これから大変になるよ。目が合うと襲ってくるやつもいるからね」
「これが目的ですか」
彼は顔を崩さない。そういうところ本当に憎たらしい。
私は呪いが見えるようになってしまった。高専を去る前に五条さんと家入さんに高専で低級の呪いとやらを見せてもらったけれど、はっきり認識することができた。
呪力も少しだけ確認できるということで、呪われたらそれに影響されてそうなる人も少なからずいるらしい。五条さんには補助監督かなにかで働かないかと本気で誘われたけどさすがに私には無理だと思って丁重にお断りした。
問題はそこではない。なぜ夏油が私を生かしているかということだ。
「私を術師にするつもりですか」
自分でも驚くほど低い声が出た。睨みつけると夏油は目を伏せる。口元だけは、笑っているような形をしていた。
「いいや、私は、キミを逃がそうとしたんだ」
夏油の手が私の髪の毛に触れる。今はあまり綺麗じゃないから、触れて欲しくは無いのだけれど、まあいい。
その夏油の言葉に納得いかず、睨むように彼を見ると少しばかり困ったような顔をした。
「硝子なら怪我は治せるし、悟はキミを保護してくれると思ったからね」
「…私だけ特別という訳にはいかないのでは?」
「ある意味賭けみたいなものだよ。死なないようにはしていない。死んでもおかしくない。それぐらいのことはしたさ」
「では、生きていて嬉しいと思いますか?」
その答えは言葉ではない。夏油の私の髪の撫でる手は頬にうつり、そのまま顎を持たれてキスをされた。
ああ、頭が蕩けそうだ。その気持ちよさと心地良さに、殺意も決意もどうでもよくなる。けど、夏油の顔が唇から鎖骨へ、鎖骨から胸へ移動し、そのまま愛撫を始めたものだから、慌てて肩を押し返す。
「私は貴方を殺しに来たんです」
「殺せないよ撫子は。私にもできなかった」
「でも私は…!」
「すまない、もう無理だ」
「へ?…わあ!!」
そのまま抵抗も虚しく押し倒され、事が始まってしまった。
抵抗しようと顔面に遠慮なく平手をかまそうとするも呆気なく手を取られ、終いには蛇のように細長い呪霊に手足を拘束されてされるがまま。
せめて、せめて風呂に入らせてくれと泣きながら懇願したけれどそれも叶わず、湯船から溢れ出すお湯の音を聞きながら、夏油の熱を受け止めるしか、もうできなかった。