街を歩いていると、突然誰かに肩を掴まれた。何事かと振り返ると、そこに立っていたのは俳優さんかモデルさんか、そう思うくらい端正な顔立ちで、絹糸のような細い白髪の、夏油くらいはあるだろうか、長身の男。
令嬢時代の知り合いだろうか、それともホス狂の仕事仲間に付き合った時に相手をしてもらったホストだろうか、こんなに目立つ人と会ったら絶対に忘れないのにと思いながら、自分の記憶を掘り起こす。
「…え、えと」
「いや、いやごめん、なんでも、ない」
明らかに動揺している様子。やっぱりこの人とは初対面だと確信した私は首を傾げて、「じゃあ失礼します」と、その場を後にしようとしたのだが、
「…まだ何か」
肩は掴まれたまま、その男は離してはくれない。ただのナンパなのかと一瞬警戒したが、その男が次に口にした言葉を聞いて、私はよりその警戒を強めることになる。
「キミ、変な宗教にハマってない?」
思わず肩に力が入る。ハマっているつもりはないが、図星をつかれたようで気が焦る。それと同時に、この男は呪術師であると悟った私はその男の手を振り払って走り出す。
夏油傑は厳密には呪術師とは呼ばれない、呪詛師と呼ばれているらしい。呪術師と呪詛師は対立していて、夏油傑はその最たる存在。処刑の対象。手を組んでいるなんてバレてしまったら私までどうなるか分からない。
母のように、呪い殺されるなんて真っ平ごめんだ。
「なんで逃げるの」
「っ!」
しかしただの非術師が呪術師から逃げ遂せようなんて考えは、浅はかだったようだ。
呆気なく捕まった私はその長身の男に手を引かれ、車に突っ込まれ、どこに連れて行かさられるやと思いきやどこかの山奥の寺院のようなだだっ広いところまで拉致されてしまった。
「ここは」
「都立呪術高等専門学校」
「高専…?」
「知らないの?」
「…知りませんが」
「キミから夏油傑の残穢を感じる。濃すぎるくらいだ。ただの信者というわけじゃないだろう。あとその肩の呪い、傑のだな」
「…私、呪詛師じゃありません」
「そのくらいはわかる。キミからは呪力を何も感じない」
つまり、夏油傑が大嫌いな非術師なのに、どうして生かされてんの?ということを聞きたいのだろうか。
ていうかやっぱり私の肩に呪いいたんだなあ。体がすごくダルいからやめてほしい。
「これ、祓えます?」
「祓えるよ」
「祓ってください」
「いいけど」
目の前の男が、私にはまるで見えてないけど不思議な素振りを見せたその瞬間、びっくりするほど体が楽になる。
すごい、確かにこんな体の不調を瞬く間に解消してくれたら、そりゃあ「夏油様」になるわ。きっと私の母も、知らぬ間に呪われ「夏油様」に助けられたんだろう。
「で、キミは何者?」
「私は夏油傑を殺す為に夏油傑に協力しつついつ寝首を掻くか模索している一般人です」
「…それって一般人って言わないよね?」
「じゃあいずれ人殺しになる一般人です」
名前も分からない白髪の男がにんまりと、三日月の様に口を吊り上げて笑う。面白いね、キミ。と肩を叩いた。
「名前は?」
「言うほどの者では」
「僕は五条悟。もう既に知っているかもしれないが夏油傑は人殺しの呪詛師で処刑対象だ。夏油傑を殺したいと思うなら、高専に協力してくれないかな」
「お断りします。私は個人的な理由であの男を殺したいだけです」
五条悟は意外だったのか、サングラスから見え隠れする碧い目を丸くさせて、驚いた様子だった。
でも協力なんて馬鹿馬鹿しい。夏油傑一人未だに殺せていないような奴らと協力したところで何になるというのだ。それに私は私の力だけで奴を殺してみせる。これは私の戦いだから、誰にも邪魔はさせない。
あとそれはきっと、私が夏油傑に殺された時の言い訳にもなるから。
「あ、キスマーク」
肩に置かれたままの手がそのまま私の髪の毛を払い、首が空気に晒される。私はすぐに首を両手で隠して、その品のない男をギロリと睨みつけた。
五条悟は薄笑いを浮かべて、ゲスな笑顔で私を見ている。
「なに、傑と寝た?」
「何を…」
「爛れてるねー!殺そうとしてる相手とセックスしてキスマークまでつけられてる」
「あなたには関係なーー」
「殺意以外にも特別な感情があるんじゃないの、撫子チャン」
私は、この人に名前を教えただろうか。
まるでビー玉のような、碧い瞳が私を映していて、その中の私ときたら、なんと間抜けな顔をしていることか。
その私の顔を捉えている本人は可笑しそうに喉を鳴らして、「伊地知、送ってってあげて」と先程の車の運転手に言い放つ。
スマートに車の扉を開け、そのまま連れ去られた時同様、無理に車に押し込められ、五条悟はにんまり笑顔で私の頭を撫でた。
「傑をよろしく頼むよ」
そのまま車の扉は閉められ、車は動き出す。
不思議な人。呪術師はみんなああいうものなのだろうか。
しかし無理に拉致られ、下品な事を言われて、あまりいい気分ではない。それに今日の約束をすっぽかしてしまった。大切な金ヅルとの約束だったのに。それにしても呪術師は割と金の羽振りが良かったりするので、一か八かで運転手の伊地知さん?に声をかけてみる。
「ねえ、私の一晩、30万で買いません?」
「ひ!えぇ!?い、いいいやいやいや」
「うわ、前見てください。冗談です」
ハンドルが右に左にぶれだしたので大失敗だった。このままでは私が死んでしまう。
私は深い深いため息をついて、後部座席の背もたれに体を預ける。
今日までの入金どうすっかなあ、と、夏油にこのこと言ったら見逃してくれるかなあ、と、色々考えたけど、とりあえず、面倒くさくなって瞳を閉じた。
気がつけば車は新宿に到着していて、私は伊地知さんに礼を言い改札へ向かう。いやよく考えたら悪態はつけど礼はおかしいよな。拉致だもんね。
まあ、もういいや、今日はもう家に帰ろう、入金のことは、明日考えよう。
ーー殺意以外にも特別な感情があるんじゃないの、撫子チャン
五条悟のこの言葉が脳内で繰り返しこだまする。
そんなことがあってたまるかと、自分に言い聞かせ、私は電車の中で目を閉じた。