講演会の準備をせっせと忙しなくしている時、邪魔をするかのように現れたのは私を忙しくしている張本人の、夏油傑。
お疲れ様、と労うつもりが本当にあるのだろうか、発注やら打ち合わせやら帳簿の確認やらで水を飲む間もない私を嘲笑うように、ふかふかと心地の良い私のお気に入りのソファへ座った。

「悟に会っただろ」
「…仕事の邪魔なので出て行ってもらえます?」
「なぜ私が撫子の言う事を聞かなきゃいけないんだい?」

それもそうだと、一旦の作業を止め夏油の目の前に立つ。頭が高いと言われそうで片膝をつくと、そんな事はしなくてもいいから隣に座れと命令された。命令ならば仕方ない。さっきからずっとバタバタと動いていたから、早くこのソファに沈みこみたかったのだ。
夏油の隣というのは些か抵抗もあるけれど、座ると柔らかいクッションが私の体の形に沿って沈んでいく。ああ、なんて心地いいんだろう。このままでは眠りについてしまいそうだと、少し閉じかけた目を一生懸命開いた。

「会いました。あんなイケメンのお知り合いがいたんですね」
「フフ、悟はモテるよ。でも見張りの呪霊を祓わせるなんて、悪い子だね」
「もう新しいの憑けてる癖に、何を言っているんですか」
「バレていたか」

バレているとも。呪術高専から自宅に帰った時、何故か私のアパートの部屋の前で夏油が待ち構えていて、目が合った瞬間にびっくりするくらい体が重くなったのだから。
それから無理やり私の綺麗とは言えない古いアパートの一室に引きずり込まれ何回も犯された。もうやめてと言ってもやめてくれなかった。絶倫もここまでくると困ったものである。

「彼、何者なんですか?」
「気になる?」
「妙な勘違いをされているようでしたらこの質問には答えなくて結構です」
「冗談だよ。彼はね、私の親友だったんだ」

親友
この男の口からそんな言葉が出てくるなんて思ってもみなかった。

「…あなたその親友に殺そうとされてますけど」
「そりゃあそうだよ、高専と私は対立してるからね」
「でもよろしく頼むと言われました」
「…悟に?」
「はい、よっぽど親しいんだろうなと思いましたが、まさか親友だとは」

親友同士で呪いあってるのか、と思ったらそれはそれで切ないものがある。ということは夏油は元々高専関係者だったんだろうか。あまり多くは語らない彼だから、想像は膨らんでいくばかり。
何があって今こうなっているのかは知らないけれど、少し前まで平和な世界でのうのうと生きていた私にはとても理解のできない世界が広がっているんだろう。

「私って、あなたと前に会ったことがありました?」
「…なぜ?」
「あなたの親友が私の名を知っていたからです」
「…。」

あいつ。とボソッと呟くと、夏油は口元に手を置いて、明らかに動揺しているようだった。そんな姿は初めて見たのでまじまじと夏油を見つめてしまう。そんな私の熱烈な視線に気がついて、夏油は私の目をもう片方の手で隠した。
そうなんだ。
私たちは前にも会ったことがあったんだ。
でもいつ?どこで?
父の会社の関係?会食やパーティでは護衛をつけたりするような人だったからその時だろうか。
いや、それ以外にも、私には思い当たる節がある。

「私、あなたのことが憎いです」
「…知っているよ」
「天内理子ってご存知ですか」

中学生の頃、同級生が死んだ。
私はその直前に奇妙な作務衣を着た老人に襲われている。最初は父のお金目当ての誘拐だと思ったが、目的はその同級生だった。その老人に襲われている間にその同級生は何やらイケメンの従兄弟とやらに連行されていて、そのまま少しの間学校を休んでいると思ったら死んでいた。

「あの時私を助けてくれたのってあなたですか」

夏油は黙っている。
その老人に襲われた時、私を助けてくれた男の人がいる。その学校には男はいないのに、その日ばかりは長身のイケメンが構内に二人もいたと騒がれていた。

「作務衣を着たお爺さんに襲われたことがあります。その時助けてくれたのはあなたですかと聞いているんです」
「…何の話かな」
「覚えがないならいいんです。私の思い過ごし。ただそれだけだから」

あまりの恐ろしさに記憶は遠く、その人の顔は覚えていない。ただ、黒ずくめの格好をしていた、男の人なのに、お団子頭をしていた。そう、夏油みたいな体格で、髪型で、顔立ちで。ぼんやりとしか覚えていないけれど、確かにあの時私を助けてくれた人は存在する。
死んだ同級生の従兄弟は190センチはあるらしい。さらには白い髪、青い目をしていたという。今思えば五条悟を彷彿とさせる。
五条悟は私の名前を知っていた。そして五条悟は、夏油の親友である。

「本当に違うんですね」
「だから、何の話か分からないな」
「……なら、この話は終わりということで」

変なことを言ってすみませんでした。とソファから立ち上がる。休憩は終わりだ。
再び作業に戻った私を夏油はじっと見つめている。その視線にうざったさを感じながらも、気づかない気にしていないフリをした。
でも、本当にあの私を助けてくれた男の人が夏油じゃないのであれば、私は心の底から安心している。
恋というにはあまりにも浅く、憧れというにはあまりにも重い、私の初恋。
記憶が遠くなるほどにあの日の思い出は美化され輝いていく。あの人に恥じぬ人間になる為に必死で自分磨きを頑張った。でも、父が死んで、母が宗教にハマって、令嬢時代の面影もなく、古い一間のアパートで暮らし、体も売るようになった。

「もしキミを助けたのが私と言ったらどうするんだい?」

せめて彼と再開する頃には、彼を誘惑できるくらいに素敵な女性になってるはずだったのだ。
だから、夏油じゃないのなら、それほど嬉しいことは無い。
でもそうだな、もし、もし夏油があの時の彼だとしたならば。

「あなたを殺して私も死にます」
「はっ、」

夏油は笑う。何が面白いのかは分からない。

「そうか、それは、困るな」

私はその言葉の意味を探りはしない。それほど野暮なことはないから。
講演会は1週間後。余計なことを考えている暇はないのだ。
夏油は未だに私のことを見つめている。目が合うと、嬉しそうな顔をして微笑んだ。

嘘は殺した